本覚寺(読み)ホンガクジ

大辞林 第三版の解説

ほんがくじ【本覚寺】

神奈川県鎌倉市小町にある日蓮宗の寺。山号、妙厳山。日蓮が滞在した夷えびす堂の旧跡に1436年、日出が建立した。のち身延山より日蓮の遺骨を分骨し東身延と称せられる。
岡山県岡山市御津にある日蓮講門宗の本山。山号、久遠山。元禄年間(1688~1704)に建立され妙宣庵と号し、のち鹿瀬草庵と称し、ひそかに不受不施派の法灯を伝えた。1882年(明治15)に再興。96年に現寺号を公称。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

本覚寺
ほんがくじ

神奈川県鎌倉市小町(こまち)にある日蓮(にちれん)宗の寺。妙厳(みょうごん)山と号する。また、日朝(にっちょう)さま、東身延(ひがしみのぶ)とよばれる。本尊は三宝祖師。室町時代、源頼朝(よりとも)建立の夷(えびす)堂の地に一乗房日出(いちじょうぼうにっしゅつ)が開山。寺伝では、天台宗であった夷堂を日出が改宗したと伝える。2世日朝のとき身延山から日蓮の遺骨を分移、東身延と称し栄えた。その本尊という南北朝期の木造釈迦如来坐像(しゃかにょらいざぞう)、文殊(もんじゅ)・普賢(ふげん)両菩薩(ぼさつ)を伝蔵する。1850年(嘉永3)の境内図によると、かつては広い寺領であったことがわかる。寺宝に開山永享(えいきょう)問答記録、日朝書簡などを蔵し、江戸期建造の分骨堂、仁王門がある。7月24日に日朝上人(しょうにん)大会(だいえ)を行う。[田村晃祐]

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精選版 日本国語大辞典の解説

ほんがく‐じ【本覚寺】

[一] 神奈川県鎌倉市小町にある日蓮宗の寺。山号は妙厳山。永享八年(一四三六)創建。開山は日出。日蓮が佐渡配流から帰って住んだ夷(えびす)堂跡で、のち日朝が身延山から日蓮の遺骨を分骨し、東身延と称した。日朝様。
[二] (「ほんかくじ」とも) 岡山市御津鹿瀬にある不受不施日蓮講門宗の本山。山号は久遠山。文祿四年(一五九五)に端を発する受不施派との争いに破れ幕府の弾圧をうけた不受不施派の法灯を守りぬき、明治一五年(一八八二)復興、鷲峯(じゅぶ)教院と称した。同二三年現山寺号を公許。昭和六〇年(一九八五)日蓮講門宗から現宗名に改称。

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世界大百科事典内の本覚寺の言及

【吉崎】より

…1471年(文明3)7月本願寺蓮如が同地に下向した。蓮如の北陸下向は大谷破却,堅田大責(おおぜめ)などの山門の圧迫を避けるためで,父存如の代に帰参した,北陸一帯に勢力を有する越前和田本覚寺系の門流の支援を期待してのことであった。とくに吉崎を選んだのは,蓮如と大乗院経覚が姻戚関係にあり,細呂宜郷が経覚の隠居料所であったこと,また本覚寺が同郷別当職に補されており,当時北潟湖に注いでいた大聖寺川の対岸鹿(加)島に蓮如の四男蓮誓が坊舎をかまえていたことなどによる。…

※「本覚寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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