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本覚寺 ホンガクジ

4件 の用語解説(本覚寺の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

ほんがく‐じ【本覚寺】

神奈川県鎌倉市にある日蓮宗の寺。山号は、妙厳山。開創は永享8年(1436)。開山は日出。佐渡流罪赦免後の日蓮が一時滞在した夷堂(えびすどう)の跡と伝えられ、のち、身延山から日蓮の遺骨が分骨され、東身延と称する。

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デジタル大辞泉プラスの解説

本覚寺

青森県東津軽郡今別町にある寺院。1651年創建。浄土宗。本尊は大日如来阿弥陀如来

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大辞林 第三版の解説

ほんがくじ【本覚寺】

神奈川県鎌倉市小町にある日蓮宗の寺。山号、妙厳山。日蓮が滞在した夷えびす堂の旧跡に1436年、日出が建立した。のち身延山より日蓮の遺骨を分骨し東身延と称せられる。
岡山県岡山市御津にある日蓮講門宗の本山。山号、久遠山。元禄年間(1688~1704)に建立され妙宣庵と号し、のち鹿瀬草庵と称し、ひそかに不受不施派の法灯を伝えた。1882年(明治15)に再興。96年に現寺号を公称。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

本覚寺
ほんがくじ

神奈川県鎌倉市小町(こまち)にある日蓮(にちれん)宗の寺。妙厳(みょうごん)山と号する。また、日朝(にっちょう)さま、東身延(ひがしみのぶ)とよばれる。本尊は三宝祖師。室町時代、源頼朝(よりとも)建立の夷(えびす)堂の地に一乗房日出(いちじょうぼうにっしゅつ)が開山。寺伝では、天台宗であった夷堂を日出が改宗したと伝える。2世日朝のとき身延山から日蓮の遺骨を分移、東身延と称し栄えた。その本尊という南北朝期の木造釈迦如来坐像(しゃかにょらいざぞう)、文殊(もんじゅ)・普賢(ふげん)両菩薩(ぼさつ)を伝蔵する。1850年(嘉永3)の境内図によると、かつては広い寺領であったことがわかる。寺宝に開山永享(えいきょう)問答記録、日朝書簡などを蔵し、江戸期建造の分骨堂、仁王門がある。7月24日に日朝上人(しょうにん)大会(だいえ)を行う。[田村晃祐]

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世界大百科事典内の本覚寺の言及

【吉崎】より

…1471年(文明3)7月本願寺蓮如が同地に下向した。蓮如の北陸下向は大谷破却,堅田大責(おおぜめ)などの山門の圧迫を避けるためで,父存如の代に帰参した,北陸一帯に勢力を有する越前和田本覚寺系の門流の支援を期待してのことであった。とくに吉崎を選んだのは,蓮如と大乗院経覚が姻戚関係にあり,細呂宜郷が経覚の隠居料所であったこと,また本覚寺が同郷別当職に補されており,当時北潟湖に注いでいた大聖寺川の対岸鹿(加)島に蓮如の四男蓮誓が坊舎をかまえていたことなどによる。…

※「本覚寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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