シッフィーンの戦い(読み)シッフィーンのたたかい(その他表記)Ṣiffīn

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「シッフィーンの戦い」の意味・わかりやすい解説

シッフィーンの戦い
シッフィーンのたたかい
Ṣiffīn

657年5~7月,第4代カリフ,アリーシリア総督で,のちウマイヤ朝を創建したムアーウィヤ1世との間で,シリア国境に近い北イラクのシッフィーンで行われた戦闘。3ヵ月近い戦闘にもかかわらず,勝敗決せず,両軍は調停会議に同意した。シリアのアズルフでの調停会議も難航して決着がつかず,事実上アリーは,この休戦によってムアーウィヤに敗北し,661年のアリーの死によってウマイヤ朝が出現した。なお,休戦に反対してアリーの軍を「脱出した」一党は,のちハワーリジ派として知られるイスラム最古の政治・宗教的党派となった。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む