日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
ジュリエット物語、あるいは悪徳の栄え
じゅりえっとものがたりあるいはあくとくのさかえ
Histoire de Juliette, ou les prospérités du Vice
フランスの作家サド侯爵の小説。1797年刊。哲学的コント『美徳の不運』(1787執筆)から暗黒小説『美徳の不幸』(1791)を経て練り上げられたのがこの作品である。貞淑なジュスチーヌと異なってこよなく罪悪を愛する姉のジュリエットは、淫蕩(いんとう)かつ残忍な饗宴(きょうえん)への加担、夫の伯爵の毒殺など悪業の限りを尽くしたあげく、実の娘を火に投げ入れて焼き殺す。このような姉の残酷な話に耐えかねているジュスチーヌは雷雨のなかを追い出され、雷に貫かれて落命する。悪人たちは快哉(かいさい)を叫ぶ。18世紀には「迫害される美徳」という主題は少なからずみられ、けっしてサドの専有物ではない。しかしサドほどに「勝ち誇る悪徳」を徹底的に描いた作者はいない。百科全書派は神の存在を疑問視し、否定する。サドは18世紀の唯物論的無神論を徹底させ、神なきあとの人間の自由の恐怖を生きようとしたのであるといえる。
[植田祐次]
『澁澤龍彦訳『悪徳の栄え』(1966・河出書房新社)』