現代外国人名録2016 「ジョンマッケンロー」の解説
ジョン マッケンロー
John Patrick McEnroe
- 職業・肩書
- 元テニス選手
- 国籍
- 米国
- 生年月日
- 1959年2月16日
- 出生地
- 西ドイツ・ウィスバーデン(ドイツ)
- 学歴
- スタンフォード大学卒
- 経歴
- 1977年大学1年のとき全米学生選手権を制し、翌年プロに転向。’79年全米オープンに出場し、大会史上最年少の20歳で優勝して4大大会初制覇。全米オープンは’80年、’81年、’84年と4回優勝した。また伝統の全英オープン(ウィンブルドン)では’81年、’83年、’84年も制して計3回優勝するとともに、ビョルン・ボルグ(スウェーデン)らと数多くの名勝負を演じた。サーブ・アンド・ボレーの天才としてテニス界を席巻する一方、気性が激しく、審判にかみついたり、ラケットをたたきつけるなどマナーの悪さは有名で、“悪童”のニークネームがつけられた。世界ランキングは’81〜84年連続1位。女優のテータム・オニールとの同棲、結婚を機に休養宣言を敢行したが、その後カムバックし、’89年にはランキング4位にまで返り咲く。’92年に第一線を退くまでシングルスで7、ダブルスで10タイトルを獲得。’99年9月デビス・カップ米国チーム監督に就任するが、2000年11月辞任。1999年国際テニスの殿堂入りを果たす。
出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報