ジンバブエ遺跡

山川 世界史小辞典 改訂新版 「ジンバブエ遺跡」の解説

ジンバブエ遺跡(ジンバブエいせき)

アフリカ南部のジンバブエ共和国にある巨大な石造建築の遺跡。ショナ語で「石の家」の意。丘の遺跡群,谷の遺跡,グレートエンクロージャー(大囲構)の3部分からなる。大囲構は壮大な楕円形外壁(長径100m,最大高約10m)を持ち,内部に円錐塔や内壁,住居跡が残る。1867年にヨーロッパ人が発見。旧約聖書時代の西アジア人を建設者とする説が唱えられたが,考古学調査により,最盛期は13~15世紀で,現地ショナ人が建造したことが明らかとなった。支配者はインド洋世界との交易(金,象牙の輸出,綿布,ビーズなどの輸入)を監督していたとされる。この地域で10世紀頃から始まる国家形成の動きが一大頂点に達したことを示唆する。

出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ジンバブエ遺跡」の意味・わかりやすい解説

ジンバブエ遺跡
ジンバブエいせき
Zimbabwe

ジンバブエ,マスビンゴ市郊外にある大石造都市遺跡。バンツー語系の部族 (→バンツー語系諸族 ) の建てた王国で,11~16世紀までにジンバブエ式土器を伴う文化を発展させ,13~15世紀に最盛期を迎えた。この国は莫大な金山を支配して強大となり,東アフリカ海岸 (ザンベジ河口) のソファラ経由の通商で富を得た。丘の上の石造建築群アクロポリス,石のテラスと呼ばれる庭園,石の牛小屋,城,王族の住居群,市民居住地などの遺跡群からは,多数の金製品,タカに似た鳥の彫られた石柱,ジンバブエ式土器などとともに,ペルシア陶器,中国陶器も発見されている。この遺跡は 1868年,あるハンターによって発見され,1905年以来発掘調査が行なわれた。この都市の研究は,アフリカ内陸部の文化の存在を証明するとともに,南アフリカ文化の一典型を提示している。 1986年世界遺産の文化遺産に登録。

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