ダーウードアッザーヒリー(その他表記)Dāwūd al-Ẓāhirī

改訂新版 世界大百科事典 の解説

ダーウード・アッザーヒリー
Dāwūd al-Ẓāhirī
生没年:815ころ-883

スンナ派イスラムの法学者でザーヒル派の祖。クーファに生まれてシャーフィイー派の法学を学び,のちバグダードに住んで独自の法学を教え,その地で没。ウスール(法源)をコーランハディースサハーバ教友)のイジュマー合意)だけに限り,しかもその文字どおりの意味(ザーヒル)に忠実に従うことを主張した。10世紀末に《目録の書》を著したイブン・アンナディームはダーウード・アッザーヒリーの多くの著作を記録しているが,現存するものはない。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む