ダーウードアッザーヒリー(その他表記)Dāwūd al-Ẓāhirī

改訂新版 世界大百科事典 の解説

ダーウード・アッザーヒリー
Dāwūd al-Ẓāhirī
生没年:815ころ-883

スンナ派イスラムの法学者でザーヒル派の祖。クーファに生まれてシャーフィイー派の法学を学び,のちバグダードに住んで独自の法学を教え,その地で没。ウスール(法源)をコーランハディースサハーバ教友)のイジュマー合意)だけに限り,しかもその文字どおりの意味(ザーヒル)に忠実に従うことを主張した。10世紀末に《目録の書》を著したイブン・アンナディームはダーウード・アッザーヒリーの多くの著作を記録しているが,現存するものはない。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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