チベットインド条約(読み)チベットインドじょうやく

改訂新版 世界大百科事典 「チベットインド条約」の意味・わかりやすい解説

チベット・インド条約 (チベットインドじょうやく)

ラサ条約英蔵条約ともいう。イギリスシッキム条約(1890)によりチベット進出へ足がかりを得たが,チベット側の強硬な姿勢条約は円滑に運用されず,一方ロシアも盛んにチベットへ接近を試みていた。このような状況に対しイギリス(とくにインド政庁)は危機感を深め,ヤングハズバンドを送りラサへ進軍させた。この結果1904年チベット側とチベット・インド条約を結び,チベットをその勢力範囲に組み込んだ。07年の英露協商成立によって,イギリスのチベットでの地位は幾分後退するものの,この条約締結以降イギリスはチベット問題に強い影響力をもつこととなった。
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山川 世界史小辞典 改訂新版 「チベットインド条約」の解説

チベット‐インド条約(チベット‐インドじょうやく)
Convention between Great Britain and Tibet

ラサ条約,イギリス‐チベット条約ともいう。イギリスの強圧下イギリス代表とチベットとの間で1904年に結ばれた条約。ロシアに対抗してチベットを影響下に置くために,イギリス使節団はラサに侵攻し,ダライラマ逃亡にもかかわらず強引に同条約を締結した。これによりチベットは実際上イギリス保護国となった。1907年には英露協商の締結によってイギリス,ロシアともチベットに対する中国宗主権を承認したが,イギリスの特殊権益は認められた。

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