改訂新版 世界大百科事典 「チベットインド条約」の意味・わかりやすい解説
チベット・インド条約 (チベットインドじょうやく)
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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ラサ条約,イギリス‐チベット条約ともいう。イギリスの強圧下イギリス代表とチベットとの間で1904年に結ばれた条約。ロシアに対抗してチベットを影響下に置くために,イギリス使節団はラサに侵攻し,ダライラマの逃亡にもかかわらず強引に同条約を締結した。これによりチベットは実際上イギリス保護国となった。1907年には英露協商の締結によってイギリス,ロシアともチベットに対する中国の宗主権を承認したが,イギリスの特殊権益は認められた。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...