チャクリー改革(読み)チャクリーかいかく(その他表記)Chakrī

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「チャクリー改革」の意味・わかりやすい解説

チャクリー改革
チャクリーかいかく
Chakrī

タイのチャクリー朝の諸改革,特にラーマ5世チュラーロンコーン王の近代化諸政策をいう。ラーマ1世は法典の改訂,2世と3世は西欧諸国との国交に努め,4世はボーリング条約 (1855) 以後欧米諸国と通商条約を締結し,内政では宮廷子女に西欧教育を施した。ラーマ5世は副王制,奴隷制,王の前での平伏の礼を廃し,また司法行政制度の西欧化,郵便,電信,鉄道の設置など近代化に努めた。また治外法権の撤廃,留学生の欧米派遣など 1932年の立憲革命の基を築いた。

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