日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
ディオニシウス・アレオパギタ
でぃおにしうすあれおぱぎた
Dionysius Areopagita
紀元6世紀初頭から東方キリスト教会に現れ、のちに西ヨーロッパにも伝えられた文書群の著者といわれる人物。この文書群はギリシア語で書かれ、神名論、天上位階論、教会位階論、神秘神学、書簡10通からなる。宛名(あてな)や献辞などによって、著者は、使徒パウロから授洗したアテネのアレオパギタ(裁判官)、ディオニシウス(「使徒行伝(ぎょうでん)」17章14)と信じられてきたが、それは著者の偽装であって、実際には新プラトン派のプロクロス(485没)の影響を強く受けた人物であることが、今日ではほぼ定説になっている。真の著者名と著作意図はなお不明であるが、内容はキリスト教教説の外観のもとに新プラトン派の思想を説いたものと考えてよい。すなわち根源的原理である善の滞留と発出によって世界はなり、善への帰還によって世界は完成する。善はこうして万物の原因であるから、すべての名をもってたたえられ、またいかなる名ももたない。この逆説を基調にした神の超越性についての思考は、後のキリスト教思想、ことに神秘主義に深い影響を与えた。その著作はミーニュの『ギリシア教父全集』第3巻にすべて収録されている。
[熊田陽一郎 2015年1月20日]