ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ニャムウェジ族」の意味・わかりやすい解説
ニャムウェジ族
ニャムウェジぞく
Nyamwezi
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…北東部の山岳地域のシャンバラ族はキリンディ王朝のもとで行政組織を整え,チャガ族も統一への動きがあった。南部アフリカからヌゴニ族が強力な軍隊組織をもって侵攻して来たとき,これに対抗して軍団組織を備えたのがニャムウェジ族やヘヘ族であった。 1840年にアラビア半島マスカットのアラブのスルタン,サイイド・サイードがザンジバルに本拠を移したことにより,大陸沿岸部から内陸部へキャラバン通商路が開かれて,内陸部の小国家群は大変動にさらされ,勢力が弱まった。…
…東アフリカ,現在のタンザニア中西部に住むニャムウェジ族Nyamweziを統合した大首長。少年のころ,南アフリカから北上して来たヌゴニ族の軍団の捕虜となったが,彼らの軍事組織を学び,首長に率いられた小集団に分かれて政治的統一に欠けていたニャムウェジ族の強化を図って勢力を拡大した。…
※「ニャムウェジ族」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月節 (12月前半) のことで,太陽の黄経が 285°に達した日 (太陽暦の1月5日か6日) に始り大寒 (1月 20日か 21日) の前日までの約 15日間...