祖先崇拝(読み)そせんすうはい

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

祖先崇拝
そせんすうはい

亡くなった祖先に対する慣習化した信仰と儀礼。死者に対する崇拝とは異なる。死者がすべて祖先になるとは限らないからである。死者は、社会的に正統と認められた子孫をもって初めて祖先になりうる。多くのアフリカ社会で子孫を残すことなく死んだ者が祖先として崇拝されない理由がそこにある。だれが正統の祖先であるか、あるいはだれが正統な子孫であるかということは、祖先崇拝を行う社会の、とくに家族や親族という社会関係に密接に結び付いている。たとえば、アフリカの母系の民族集団アシャンティでは、祖先として崇拝されるのは、子供に身近な存在である父親ではなく、法的権威をもつ母方オジである。

 日本において祖先の霊は、集合的祖先神へ合一していくが、このカミへの変容のプロセスが祭祀(さいし)形態としての祖先崇拝に対応している。祖先崇拝は日本でも親族制度、すなわちこの場合は「家」制度と密接に結び付いており、「家」の永続性と系譜性を支えるために重要な働きをしている。

 祖先崇拝のある社会とない社会の相違についてミドルトンらは、祖先崇拝は政治集団が単系出自集団に基づいている社会にみいだされやすいと指摘している。アフリカの祖先崇拝の研究に重要な貢献をしたフォーテスによれば、西アフリカの農耕民タレンシの祖先崇拝は、子供が親を敬い、親の望みをかなえ、年老いた親の世話を行うべきであるという一種の「孝」の観念と結び付いている。彼の考えでは、祖先崇拝は一面において親子関係を宗教的世界へ投影したものなのである。祖先崇拝は日本や中国およびアフリカで盛んであるが、そこには重要な相違も認められる。前者においては祖先を他界で安息させるのが主眼であるが、後者においては生者の犯した罪や怠慢を、祖先に対して償うのがおもな目的である。

[加藤 泰]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

祖先崇拝
そせんすうはい
ancestor worship

家族や親族の過去の成員崇拝し,畏敬し,その世話をすること。死者に対する恐れ,親愛の情から生じ,生前有力であった人の霊が死後一層強力になる,または死者が生れ変り現実の社会に戻るとする観念や,さらに古い死者の霊に対する漠然とした畏敬などから,祖霊に対する多様な儀礼が行われる。一般的には個別的崇拝が多いが,これに関連して家族,氏族,民族,国民などの集団全体によって行われることもあり,英雄などの特定の祖先が他の祖先よりも優先的に扱われ,また単なる死霊の概念をこえて神格化される場合もある。このような慣習や儀礼は古代の地中海沿岸の諸民族やヨーロッパ民族の間にも存在したが,アジア,アフリカ,太平洋地域の諸社会に顕著に認められ,特に中国では複雑な儀礼が日常生活のなかに浸透している。また日本では死後一定の期間を経てから初めて祖霊になると考えられ,春秋彼岸,正月などに先祖祭が行われる。

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百科事典マイペディアの解説

祖先崇拝【そせんすうはい】

家族・部族・民族などの祖先の霊をあがめまつる習俗。農耕民族の間に広くみられる宗教形態で,人の死後も霊魂は生き続けるという観念から生まれるとされる。崇拝の対象となる祖先には始祖・祖神・死者・死霊などの観念があって一定しないが,おもに祖霊・死霊の祭祀をさす。古代ギリシア,ローマでも行われたが,日本の場合は中国の祖先崇拝の形式と儒教のの観念と,日本本来の氏神信仰とが結合したとみられている。祖霊・死霊は常世(とこよ)の国にあると考えられ,祭祀の場合には霊が帰ってきて子孫との共食の宴が行われ,互恵的な結びつきを示す()のが普通である。
→関連項目琉球文化

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精選版 日本国語大辞典の解説

そせん‐すうはい【祖先崇拝】

〘名〙 死者の霊が死後も存続するという考えから、家族、部族、民族の祖先の霊をあがめ祭ること。この場合、祖先は血統上、名目上を問わず、また始祖の場合も、父祖の場合もある。世界諸民族にあり、日本にも古くからあるが、近世以後は儒教などの影響のもとで発達した。
※国民性十論(1907)〈芳賀矢一〉二「この神祇政治、宗教政治の根本となって居るものはいふまでもなく祖先崇拝であって」

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世界大百科事典 第2版の解説

そせんすうはい【祖先崇拝 ancestor worship】

祖先崇拝は,ある集団の生きている成員の生活に,死亡したかつての成員が影響を与えている,または与えることができるという信仰に基づく宗教体系である。一般に〈崇拝〉行為を行う現成員と,これを受ける死亡した成員は,実際または擬制的に〈子孫〉と〈先祖〉の関係にたつ。祖先崇拝においては,現成員である〈子孫〉は,自分たちとその集団の存在を〈先祖〉に負うものと考える。この事実を認め,感謝を怠らないことが〈先祖〉の善意守護を引き続き確保し,より幸せな生活を送るために(または不幸に見舞われないために)不可欠であると考えるのである。

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世界大百科事典内の祖先崇拝の言及

【宗教】より

…またこの聖と俗の重層的な互換性は,現実の必要に応じていくらでも霊験あらたかな流行神(はやりがみ)をつくりだす庶民の宗教的創意性の根拠をなしている一方,それらの神々をまつることによって家内安全,身体健康,病気平癒などの即効的な現世利益を求める庶民の信心の内容をもよく説明するものである。
[祖先崇拝]
 最後に日本人の宗教に関する第3の特徴は,人は死んで先祖になり,やがて神になるということを自然に信じてきたということである。日本列島の70%以上は山と森におおわれ,各地に庶民の信仰の対象とされる数多くの聖なる霊山が点々と存在しているが,この宗教的風土こそは日本人の祖先崇拝の重要な母体であった。…

【祖霊】より

…満州族では祖霊は木や森に宿ると考えられ,見えざる霊を木や森を依代(よりしろ)にして祖霊祭が営まれる。第2は,死霊から先祖霊に至るまで一貫した祭りを行い,死者に対する恐怖感をしだいに減じて親しい関係にまで高めていく祖先崇拝の型で,東南アジアから大洋州にかけての農耕栽培民の世界に関連してみられる。祖先崇拝は生者と死者の相互依存関係において成立する。…

【中国思想】より

…ついには孔子の〈鬼神を敬して遠ざく〉という言葉のように,宗教離れの傾向が著しくなった。ただ,その孔子が祖先崇拝を重視したのは矛盾のように見えるが,それは孔子が家族制度の維持強化を図るために,祖先崇拝のもつ現実的機能が必要不可欠であることを認めた結果にほかならない。もと周の王朝は一族を諸侯に封ずるという封建制度の上に成立していたので,家族結合が天下の秩序を支える原理になっていた。…

※「祖先崇拝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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