バウンティ号(読み)バウンティごう

百科事典マイペディア 「バウンティ号」の意味・わかりやすい解説

バウンティ号【バウンティごう】

英国軍艦(220トン)。1787年ブライW.Bligh〔1754-1817〕を船長としてタヒチ島に赴き,5ヵ月間滞在した。船員の一部はタヒチを性的束縛のない〈理想郷〉ととらえ,西インドへの帰途の1789年4月,ブライと18名をボートに乗せて追放し,タヒチ島へ戻った。ブライらは困苦の末帰国。反乱者の一部はタヒチ人首長の傭兵として全島統一戦争に参加したが,1791年捕らわれた。タヒチ人とともにピトケアン島に移った9名も1名を除いて仲間割れのために殺された(1808年発見)。この事件はバウンティ号の反乱として名高い。
→関連項目木曜島

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

関連語 ピトケアン島

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月節 (12月前半) のことで,太陽の黄経が 285°に達した日 (太陽暦の1月5日か6日) に始り大寒 (1月 20日か 21日) の前日までの約 15日間...

小寒の用語解説を読む