ピッコロミニ家(読み)ピッコロミニけ(その他表記)Piccolomini

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ピッコロミニ家」の意味・わかりやすい解説

ピッコロミニ家
ピッコロミニけ
Piccolomini

中世から近代にかけて栄えたシエナのイタリア名門貴族の家系教皇派 (グェルフィ) に属した。中世に大規模な商業活動で家名をあげ,近代には著名な人物が輩出した。エネア・シルビオは教皇ピウス2世 (在位 1458~64) ,フランチェスコ・トデスキニはピウス3世 (在位 1503) となり,またアレッサンドロ (08~78) は劇作家詩人として活躍,フランチェスコ (20~1604) はパドバ大学哲学教授をつとめ,オッタビオ (ピッコロミニ ) は三十年戦争で A.ワレンシュタイン軍の勇猛な将軍として活躍した。

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