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ドイツの劇作家シラーの戯曲。1800年出版。三十年戦争の際の皇帝軍の総指揮官ワレンシュタイン公(1583―1634)の反逆と没落を描いた三部作の韻文悲劇。悲劇はまず第一部「ワレンシュタインの陣営」(全一幕)において、主人公が兵士たちの間でいかに絶大な信望を得ているかを示し、第二部「ピッコロミニ父子」(全五幕)において、主人公を取り巻く将軍たちの多彩な顔ぶれと皇帝に対する謀反の計画の進行を示して、主人公の「罪の大半は不幸な運星に帰せられ」うること、「彼の心を誤って導いたのは彼の軍隊である」ことを暗示したのち、第三部「ワレンシュタインの死」(全五幕)において、不服従のかどで解任された主人公が、彼の軍隊の彼への忠誠の過信と占星術への盲信から正しい判断力と決断力を失って、結局部下に暗殺されるさまを描く。功利と野心と陰謀の渦巻く世界にピッコロミニの息子マックスとワレンシュタインの娘テクラの清純な悲恋を配して、陰影の深いドイツ最大の歴史悲劇のひとつとなった。
[内藤克彦]
『鼓常良訳『ワレンシュタイン』(岩波文庫)』
ドイツの将軍。ボヘミアの貴族の出身。蓄財の才によって巨富を得、三十年戦争勃発(ぼっぱつ)後、自己の資力による軍隊の募集と指揮を皇帝フェルディナント2世に申し出ていたが、デンマーク王クリスティアン4世の参戦後の1625年、皇帝軍総司令官に任命された。彼は、バイエルン軍司令官ティリーと協力してクリスティアンの軍を破り、リューベックの和約を結ばせ、皇帝からメクレンブルク領を与えられたが、皇帝権の強大化を恐れた旧教諸侯の圧力によって30年総司令官を罷免された。スウェーデン王グスタフ・アドルフの侵入後の31年、再度皇帝軍総司令官に起用され、32年グスタフとリュッツェンに戦い、王を戦死させたが、戦いには敗れた。以後敵と和平交渉を行い、皇帝の怒りを買って34年総司令官を罷免され、皇帝の刺客の手にかかって暗殺された。
[中村賢二郎]
『中村賢二郎著『三十年戦争』(『世界の戦史5 ルネサンスと宗教戦争』所収・1966・人物往来社)』
三十年戦争時代のドイツの将軍。1625年神聖ローマ皇帝軍総司令官に任命され,新教派軍撃破の原動力として活躍したが,旧教派諸侯の圧力によって30年罷免された。スウェーデン王グスタフ・アドルフ(グスタフ2世)のドイツ侵入とともに再度起用されたが,32年リュッツェンLützenの戦でアドルフを戦死させたが戦いには敗れ,以後ひそかに新教派と和平交渉を行ったため,皇帝の刺客によって暗殺された。ワレンシュタインの激動の生涯については,シラーの戯曲によって広く知られるところとなっている。
執筆者:中村 賢二郎
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[デンマーク戦争(1625‐29)]
デンマーク王クリスティアン4世はこのドイツの内乱につけこみ,イギリス,オランダの援助の約束を得た上で,1625年北ドイツに侵入した。苦境に陥った皇帝にとってこのとき救世主の役割を果たしたのはワレンシュタインであった。彼は軍事指揮権をゆだねられることを条件に,自己の財力で軍隊を募集して皇帝のために戦うことを提案し,皇帝は彼を皇帝軍総司令官に任命した。…
…13世紀に起源をもつフランチスカナ教会,15世紀のニコラウス教会や〈黒い塔〉のあるロマネスク式の城館,ゴシック,ルネサンス,バロック式の家々など,重要な歴史的建造物が多い。また三十年戦争当時の名将ワレンシュタインが暗殺(1634年2月)された所としても有名。【稲野 強】。…
※「ワレンシュタイン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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