フェリトマン(読み)ふぇりとまん(その他表記)Григорий Александрович Фельдман/Grigoriy Aleksandrovich Fel'dman

日本大百科全書(ニッポニカ) 「フェリトマン」の意味・わかりやすい解説

フェリトマン
ふぇりとまん
Григорий Александрович Фельдман/Grigoriy Aleksandrovich Fel'dman
(1884―1958)

ソ連の経済学者。ドイツに学び、1912年モスクワの工業大学卒業。十月革命後、最高国民経済会議の協力者となり、ついでゴスプランに招かれて長期計画立案に参加した(1923~31)。28年の論文「国民所得成長の理論に寄せて」で、経済成長の二部門モデルを数理的に定式化したが、これは今日の経済成長の動態モデルの「原型」とされている。30年代の粛清をかろうじて免れ、35年以降、追放先の北部地域技師として働き、彼の理論も埋もれていたが、57年、E・D・ドーマーが西側で再発掘し、ハロッド‐ドーマー・モデルに仕上げたことから、ふたたび脚光を浴びるようになった。58年、モスクワで死去

[佐藤経明]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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