改訂新版 世界大百科事典 「フレールオルバン」の意味・わかりやすい解説
フレール・オルバン
Hubert Joseph Walthère Frère-Orban
生没年:1812-96
ベルギーの政治家。故郷リエージュでの弁護士,市会議員を経て,1847-94年国会議員となる。まず,ロジエ自由党内閣(1847-52)の公共事業相として入閣し,48-52年財務相となり,財政改革をして自由貿易への移行を準備し,50年国立銀行を創設。57年の地方選挙で自由党が大勝し,再びロジエ内閣が組織されると財務相として老齢のロジエを助けた。68-70年首相,財務相となり国政を担当してナポレオン3世の膨張主義政策に対抗し,69年フランスの会社によるルクセンブルク鉄道買収計画を断固として拒否した。78-84年,再び首相,外相として政権を担当し,世俗化政策を積極的に推進し,79年宗教教育を禁止する初等教育法(フムベーク法)を公布し,カトリック側の憤激を買い,教皇庁との外交関係も断絶した。84年以後,労働立法や普通選挙を主張する自由党内の進歩派の台頭と党内対立の激化により,党内での影響力は後退した。
執筆者:栗原 福也
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報