へらほりの池(読み)へらほりのいけ

日本歴史地名大系 「へらほりの池」の解説

へらほりの池
へらほりのいけ

[現在地名]吉田町吉田 新町

寛文―延宝(一六六一―八一)の頃、吉田地方は不作と災害が重なり、人々の困窮は極に達した。吉田町の豪商竹野屋河野与三郎(吉田与三郎)はこの救済のため竹野屋の裏庭泉水を造ることを計画し、作業に従事する者には老若男女を問わず、竹篦と径二〇センチほどの笊を持ってくるよう触れた。この笊は「七文てんぎり」とよばれたが、これは笊一回の運搬で七文が支払われたためで、泉水を掘るためには多くの人数と日数を要したが、農民はこの作業により飢餓から救われた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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