ヘロデス・アッチコス(その他表記)Hērōdēs Attikos; Lucius Vibullius Hipparchus Tiberius Claudius Atticus Herodes

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ヘロデス・アッチコス」の意味・わかりやすい解説

ヘロデス・アッチコス
Hērōdēs Attikos; Lucius Vibullius Hipparchus Tiberius Claudius Atticus Herodes

[生]101頃.マラトン
[没]177
第2ソフィスト期の名高いギリシアの弁論家。ラテン名ヘロデス・アッチコス。ローマ皇帝ネロ (在位 54~68) の時代にローマ市民権を取得したアテネの富裕な家に生れ,代表的な復古主義者として,その莫大な富を学芸擁護と,ギリシア各地での大建築のために投じた (なかでもアテネのオデオンは有名) 。ハドリアヌス帝の友人で,マルクス・アウレリウスの師。元老院議員をつとめ,143年執政官 (コンスル ) 。彼の膨大な作品のうち現存するのは,偽作とされる1編の演説と,アウルス・ゲリウスのラテン語訳として残っているもののみである。

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