ホータン国(読み)ホータンこく(その他表記)Khōtan

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ホータン国」の意味・わかりやすい解説

ホータン国
ホータンこく
Khōtan

中国文献で和 闐Ho-t'ienまたは于 闐Yü-t'ienとして記されている西域南道の中央部にあった国。ホータン川上流のユルンカシュ (白玉) 川とカラカシュ (黒玉) 川流域の一大オアシスで,現在のホータン (和田) 県一帯。古くからインドやチベットとの関係が深く,多くの呼称がある。また軟玉の特産地として東西交易に占めた地位は現在まで変らない。元来インド・アーリア系の独特の文化が栄え,のち仏教の一拠点としても独特の文化,社会が築かれた。 10世紀後半カラハン朝の勢力が波及するにいたってトルコ・イスラム化が進みはじめ,マルコ・ポーロによると,13世紀にはイスラム教徒ばかりだったという。 18世紀後半に清朝に組込まれるまでは,タリム盆地東部とは別の政治体制下に入ることが多かった。絹織物綿布の名産地としても有名であった。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む