マサダ遺跡(読み)マサダいせき(その他表記)Masada

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「マサダ遺跡」の意味・わかりやすい解説

マサダ遺跡
マサダいせき
Masada

イスラエルの死海南岸にある舟形丘陵を利用した天然城塞遺跡。マセダともいう。死海文書の発見されたクムランの南 51kmに位置する。ハスモン家の支配者によって築かれ,前 35年にヘロデ大王改築。のちにローマ軍駐屯地にも使われたが,66~73年の第1次ユダヤ戦争の最終期に,E.ベン・ヤイールの率いる女性,子供を含む 960人の熱心党員がたてこもって,エルサレム陥落後もローマ軍に抵抗し,降伏を嫌って全員集団自殺を遂げた。 1963年以降,Y.ヤディンの指導でヘブライ大学,イスラエル発掘協会などの協力のもとに,山頂ヘロデ王の浮城,行政庁舎,浴場貯水池などとともに貴重なパピルス文書の断片が発掘された。 2001年世界遺産の文化遺産に登録。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

関連語 パピルス文書

「アサーション」(assertion)とは、より良い人間関係を構築するためのコミュニケーションスキルの一つで、「人は誰でも自分の意見や要求を表明する権利がある」との立場に基づく適切な自己主張のことです...

アサーションの用語解説を読む