マフムート2世(読み)マフムートにせい(その他表記)Mahmût II

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「マフムート2世」の意味・わかりやすい解説

マフムート2世
マフムートにせい
Mahmût II

[生]1785.7.20. イスタンブール
[没]1839.7.1. イスタンブール
オスマン帝国第 30代スルタン (在位 1808~39) 。国内的には軍事改革を中心とする近代化・西欧化改革に力を注いだが,対外的にはギリシアの独立を許し,エジプトのムハンマド・アリーの進出に悩まされるなど多難であった。 1826年イェニチェリ軍団を廃止して,中央集権国家体制を回復することに成功したが,1838年に結んだイギリス=トルコ通商条約はオスマン帝国の半植民地化を招く結果となった。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

10月14日。明治5年(1872)10月14日、日本最初の鉄道、新橋~横浜間が開通した日にちなむ。[補説]大正11年(1922)鉄道省により鉄道記念日として制定。平成6年(1994)、運輸省(現国土交...

鉄道の日の用語解説を読む