ラパツキ案(読み)ラパツキあん(その他表記)Rapacki Plan

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ラパツキ案」の意味・わかりやすい解説

ラパツキ案
ラパツキあん
Rapacki Plan

中部ヨーロッパ核兵器禁止地域 (→非核地帯構想 ) を設けようというポーランドの提案。 A.ラパツキ同国外相が 1957年 10月2日に第 12回国連総会で演説し,ヨーロッパの緊張緩和のため東西両ドイツとポーランドにおける核兵器の生産,貯蔵の禁止を主張。次いで 58年2月 14日にアメリカなどへ覚え書を送り,いわゆる第2次ラパツキ案を提示。同案は,ポーランド,チェコスロバキア東ドイツ西ドイツの4ヵ国領土内における核兵器の製造,貯蔵,移入 (持込み) ,配備を禁止し,核兵器所有国は上記禁止地域に対する核攻撃を禁止されると規定し,その保障のため地上査察,空中査察などを行うことにしていた。この案はポーランドがその安全のため考え出した真剣なものとみられたが,アメリカは西ドイツにおける核兵器配備禁止などがソ連にとって有利になるとみて反対し,またソ連はラパツキ案を政治的に利用するため「支持した」にとどまり,真剣に同案の実現に努力することはしなかった。

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百科事典マイペディア 「ラパツキ案」の意味・わかりやすい解説

ラパツキ案【ラパツキあん】

1957年ポーランド外相ラパツキA.Rapackiが国連総会に提出した中欧核武装禁止地帯設置案。東・西ドイツ,チェコスロバキア,ポーランドでの核兵器の生産・貯蔵および同地域内の外国駐屯軍の核武装を一切禁止し,東西軍事勢力の引離しをめざした。西方諸国の反対で流産したが,以後の核軍縮案に影響が大きい。

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