コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

アフマド・シャー・ドゥッラーニー Aḥmad Shāh Durrānī

世界大百科事典 第2版の解説

アフマド・シャー・ドゥッラーニー【Aḥmad Shāh Durrānī】

1722‐72
アフガニスタンドゥッラーニー朝(1747‐1842)の始祖。在位1747‐72年。アフガン(パシュトゥーン)族のアブダリーAbdalī(のちにドゥッラーニーと改称)系のサドーザイ家の出身。イランアフシャール朝ナーディル・シャーの下の一部隊長であったが,1747年,ナーディル・シャーの死後,カンダハールでドゥッラーニー部族連合の盟主に推され,ドゥッラーニー朝を開いた。これがアフガニスタン建国の始まりである。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

アフマド・シャー・ドゥッラーニーの関連キーワード徳川吉宗康熙帝・康煕帝康熙帝デフォー康煕帝井上正岑近衛基煕イースター島康熙帝近衛基熙

今日のキーワード

金城湯池

1 《「漢書」蒯通伝から。「湯池」は熱湯をたたえた堀》守りが非常に固く、攻めるのが難しい城。金湯。2 堅固で、他から侵害されにくい勢力範囲。「保守派の金城湯池」...

続きを読む

コトバンク for iPhone