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アポイキア apoikia

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アポイキア
apoikia

古代ギリシアの植民市。「本国から遠く離れた定住地」の意。前 750~550年頃に古代ギリシア人によって,南イタリア,シチリア,北西ギリシア,スペインやフランスの地中海岸,北アフリカなどに建設された。そのなかには,ビザンチオン (現イスタンブール) ,ネアポリス (現ナポリ) ,マッサリア (マッシリア,現マルセイユ) など現在大都市となっているものもある。そのほかにカルキスのピテクサ,コリントのシラクサ (シラクーザ) ,コルキュラ (ケルキラ島) ,スパルタのタラス (タレンツム) などが有名である。この植民活動は母市の急激な人口増加に伴った土地不足のため,耕作地を求めて行われたもので,商業目的のための植民市建設はまれだったとする見解が有力である。植民市は母市から完全に独立し,新しい国家として建設された。この点で前5世紀アテネの建設したクレルキアと異なり,また多く軍事的意図から建設されたローマ帝国のコロニア (植民市) とはまったく異なる。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典内のアポイキアの言及

【ギリシア】より

…このころアテナイでもスパルタでも英雄崇拝が盛んになったが,それはポリス共同体の成員のみが土地所有者になれるという事情が昔の英雄とのつながりを誇示する行為を生んだためと考えられる。またこのころから約200年のあいだに,ギリシア諸市の植民市(アポイキア)建設活動が活発になり,黒海・地中海沿岸各地に多数のポリスが形成された。これらの植民市は母市から独立したポリスで,植民者は新しい土地で土地所有者となるのが目的であったが,エジプトのナウクラティスのように初めからエジプトとの商取引を目的とした場合もあった。…

【植民市】より

…主として古代ギリシア人,ローマ人の植民活動によって建設された都市の総称。ギリシア語ではアポイキアapoikia,ラテン語ではコロニアcoloniaという。西洋の古代文明は主として都市の文明であったが,とりわけギリシアではポリスと呼ばれる多数の都市国家を基盤として文明が盛衰した。…

※「アポイキア」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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