コロニア(読み)ころにあ(英語表記)colonia ラテン語

日本大百科全書(ニッポニカ) 「コロニア」の意味・わかりやすい解説

コロニア
ころにあ
colonia ラテン語

古代ローマ人の建設した植民市。ギリシア人のアポイキアが母市に依存しない独立した新しい市民権をつくりだすのに比べて、ローマ人のコロニアでは一定数のローマ市民が移住し、ローマ国家に依存したままローマ市に倣った共同体として定住する形態をとっている。紀元前4世紀ごろ、オスティアやアンティウムに市民屯田兵を入植させたのに始まり、その後、被征服地の都市領域の大半を占領して植民市が建設され、ローマの支配と文化の浸透の拠点をなした。元来はローマ市民植民市とラテン人植民市とに分かれ、前者はその住民が完全なローマ市民権を有したが、後者の住民は通商権と婚姻権が認められただけで、完全な市民権にあずかれなかった。やがて両者は外的、内的構成において事実上徐々に同化していった。法的地位の差異をとどめながらも、帝政期になると、コロニアは名誉称号的性格を強め、都市制度上の格づけにおいて最上位を意味するようになった。

[本村凌二]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「コロニア」の意味・わかりやすい解説

コロニア
colonia

古代ローマの植民市。前4世紀海岸防衛の目的でオスチア,アンチウムにおかれたのが最初。ローマ領域にあり,市民はローマ市民権を有したが,小規模で自治ももたなかった。別に元来ラテン諸市が建設したラテン植民市があり,ラテン同盟が解体 (前 338) してからもローマ人とラテン人によって建設されていた。これは,ローマ領外にあって規模も大きく,自治をもち,市民は植民市市民権を有していたが,ローマ市民権はもたなかった。ローマの拡大に伴い両者の区別はなくなった。グラックス兄弟のとき戦略上よりも政治上の目的で,無産市民,退役兵への土地割当てのために建設されるにいたる。イタリアの外へも,カルタゴの故地へのユノニア建設に始り,共和政末期から帝政初期にかけてはアフリカ,ヒスパニア,ガリアに数多く建設され,軍事的根拠地になるとともに,各地のローマ化を進めた。

コロニア
Colonia

ウルグアイ南西端部,コロニア県の県都。首都モンテビデオの西北西約 150km,ラプラタ川に臨む港湾都市。正式名称はコロニアデルサクラメント Colonia del Sacramento。 1680年ポルトガル人によって建設されたが,のちスペイン人に占領された。ウルグアイでは珍しく多数の植民地時代の建築物が残る町で,旧市街は 1995年世界遺産の文化遺産に登録。近くに夏の保養地レアルデサンカルロスもあって,観光業が市の重要な収入源となっている。また豊かな農牧地帯を背後に控え,その商工業中心地としても発展。港からは農畜産物やその加工品などのほか,近くで採取される砂,砂利などを積み出す。首都と水路,鉄道,道路で連絡。ラプラタ川対岸のアルゼンチンブエノスアイレスとの間にフェリー,水中翼船が就航。人口1万 9077 (1985) 。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

今日のキーワード

マイナ保険証

マイナンバーカードを健康保険証として利用できるようにしたもの。マイナポータルなどで利用登録が必要。令和3年(2021)10月から本格運用開始。マイナンバー保険証。マイナンバーカード健康保険証。...

マイナ保険証の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android