アルス・エレクトロニカ(読み)あるすえれくとろにか(英語表記)Ars Electronica

日本大百科全書(ニッポニカ) 「アルス・エレクトロニカ」の意味・わかりやすい解説

アルス・エレクトロニカ
あるすえれくとろにか
Ars Electronica

メディア・アートの国際フェスティバル、賞、センター総称オーストリアリンツで1979年に開始された電子芸術フェスティバルに端を発した「アルス・エレクトロニカ」は、以下の三つの要素で構成されている。1979年より毎年開催される「アルス・エレクトロニカ・フェスティバル」、1987年に設立され、毎年実施される「アルス・エレクトロニカ賞」、そして1996年にリンツ中心部のドナウ河畔に開館した「アルス・エレクトロニカ・センター」である。

 ORF(オーストリア放送協会)オーバーエスターライヒ州立スタジオおよびアルス・エレクトロニカ・センターが主催するフェスティバルは、1970年代当時低迷する鉄鋼業からこの都市が脱皮していく契機として、リンツゆかりの作曲家ブルックナーを記念するブルックナー・フェスティバルの一環として初回が開催された。このフェスティバルでは、電子芸術を広く同時代のテクノロジー社会、科学との関連において位置づけ、1987年以降毎年テーマを設定し、作品展示やコンサートパフォーマンスなどだけでなく、各分野の識者によるシンポジウムの開催により、現代社会における諸問題を検討する学際的な場となっている。また世界中から関係者が集まるだけでなく、一般市民にも広くその存在が認知されている。とくに初回のオープニングに行われ、以後毎回ドナウ河畔で催される大規模なオープンエア・イベント「クラングウォルケ(音の雲)」は、大音響の音や映像を駆使したその祝祭性によってリンツ市民に親しまれてきた。フェスティバルではまた、公共空間でのプロジェクトを積極的に行っている。

 国際的なメディア・アートコンペティションとしての地位を確立したアルス・エレクトロニカ賞は、電子芸術の未来を切りひらく表現を発掘・奨励するためにORFが主体となって立ち上げられたものである。いくつかのカテゴリーに分かれ世界中のアーティストやメディア・アートの研究者が審査員として参加、フェスティバルで入賞作品による展覧会が開催され、受賞式がテレビ番組でヨーロッパ中に中継される。当初グラフィックス、アニメーションミュージックのカテゴリーで開始されたが見直され、2003年時点ではコンピュータ・アニメーション/ビジュアル・エフェクツ、インタラクティブ・アート、デジタル・ミュージック、ネット・エクセレンス(インターネット・コンテンツ用アニメーション作成ツールを使ったアニメやデザイン作品)とネット・ビジョン(アートや文化、社会全般に対して新たなビジョンを提出する作品やコラボレーティブ・プロジェクト)で構成されるネット、U19(19歳以下の国内在住者対象)の五つのカテゴリーで構成されている。

 「未来のミュージアム」を標榜するアルス・エレクトロニカ・センターは、作品展示室、情報検索室、ドナウ川を一望できる「スカイ・メディアロフト」(イベント開催機能も備えたカフェ)をもち、リンツのランドマークとなっている。また隣接したメディア・ラボ「フューチャー・ラボ」ではアーティスト・イン・レジデンスでの制作サポートのほか、独自のリサーチやアート・プロジェクト、新システムの開発、産業への応用などが行われている。またセンターでは、世界各地のメディア・センターとの連携や共同プロジェクトが積極的に展開されている。

 アルス・エレクトロニカは、1995年、フェスティバルのアーティスティック・ディレクター兼センターのマネージング・ディレクターが理念中心のペーター・ワイベルPeter Weibel(1945― )からメディア・アーティストのゲルフリート・シュトッカーGerfried Stocker(1964― )にかわったことで、それまでのアカデミックな路線から、コマーシャルとアートのバランスが重視され、またメディア・アクティビズム(社会や政治のあり方をメディア技術との関係において検討する動き)、ユース・カルチャーなどをとり入れた路線へと変化した。それはインターネットの普及やデジタル・テクノロジーの日常化に伴って、表現やネットワークの可能性が飛躍的に増大したことと呼応している。

 世界中のアートやコンピュータ・テクノロジー関係者をターゲットにしつつ市民にも開かれたフェスティバル、市民の恒常的な情報の場としてのセンター、そして未来を切り開く才能を発掘する賞、という複合的な形態をとることで、アルス・エレクトロニカは、オーストリアをメディア・クリエーションの先進国へと押し上げただけでなく、アートと社会をつなげる革新性においてアクチュアルな場として機能している。

[四方幸子]

『Hannes Leopoldseder, Christine Schöpf, Gerfried StockerArs Electronica 79-99; 20 Years of the Festival for Art, Technology and Society(1999, ORF Landesstudio, Oberösterreich)』『Gerfried Stocker and Christine Schöpf eds.UNPLUGGED; Art as the Scene of Global Conflicts, Ars Electronica 2002(2002, Hatje Cantz, Ostfildern)』『Gerfried Stocker and Christine Schöpf eds.CODE; The Language of Out Time, Ars Electronica(2003, Hatje Cantz, Ostfildern)』『Hannes Leopoldseder and Christine Schöpf eds.CyberArts 2003; Prix Ars Electronica(2003, Hatje Cantz, Ostfildern)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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