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エルデンボー(額勒登保) エルデンボーEldemboo

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

エルデンボー(額勒登保)
エルデンボー
Eldemboo

[生]乾隆13(1748)
[没]嘉慶10(1805)
中国,清朝中期の武将。グワルギヤ (瓜爾佳) 氏出身の正黄旗満州旗人。字は珠軟。諡は忠毅公。乾隆 33 (1768) 年にビルマ征討のために雲南に出征したのを始りに,同 38~41年に四川省の大小金川の反乱平定に従い,ホロンゴバートル (和隆武巴図魯) の称号を受けた。同 49年にフカンガ (福康安) に従い甘粛のイスラム教徒の乱を,同 52年に台湾の林爽文を征討した。同 56年にはフカンガのグルカ征討に従征してネパールに進軍。同 60年には四川,貴州,湖南の苗民の乱の平定におもむき,この際威勇侯に封じられた。嘉慶朝初期に白蓮教徒の乱 (→白蓮教 ) が起るとこの鎮定に従事し,一生を武人として過している。嘉慶帝の信任が厚く,侍衛内大臣,都統を歴任,嘉慶 10 (1805) 年三等公に封じられ,褒忠祠が死後建てられた。

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