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ガーザーン・ハン(合賛汗) ガーザーン・ハンGhāzān Khān

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ガーザーン・ハン(合賛汗)
ガーザーン・ハン
Ghāzān Khān

[生]1271.11.5.
[没]1304.5.11.
イランのモンゴル王朝,イル・ハン国第7代のハン (在位 1295~1304) 。第4代アルグーン・ハン (阿魯渾汗) の子。叔父ガイハトゥ・ハンを殺したバイドゥ (貝杜) を倒して即位。確固たるスンニー派イスラム教徒で,臣下の改宗に努めたが,一般的には宗教的寛容政策をとった。イラン各地に割拠する専横はなはだしい諸王や諸部族を実力で従えて中央集権を果したガーザーンは,宰相ラシード・ウッディーンおよびアリー・シャーの補佐のもとに税制の確立,行政の整備,イクター制の施行など積極的な改革政治を推進,外にはマムルーク朝に対して数次のシリア遠征を敢行し,同朝の最盛期を現出させた。

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