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グループ・シアター グループ・シアターGroup Theatre

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

グループ・シアター
Group Theatre

アメリカの劇団シアター・ギルドを母体に,H.クラーマン,L.ストラスバーグ,C.クローフォードらによって 1931年に結成された。スタニスラフスキー・システムを基本に,社会的なテーマをもつアメリカの新作戯曲を上演,41年に解散するまでアメリカ演劇界を代表する劇団であった。 S.キングズリーの『白衣の人々』 (1933) ,I.ショーの『死者を葬れ』 (36) や『おとなしい人々』 (39) ,W.サローヤンの『わが心高原に』 (39) などを上演したほか,『レフティを待ちながら』 (35) や『さめて歌え』 (35) を書いた C.オデッツ,E.カザンらを輩出した。

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世界大百科事典内のグループ・シアターの言及

【アクターズ・スチュディオ】より

…この方法は現実感豊かな演技を生み出す一方,劇を矮小化したり,日常生活を超えた体験を表現しそこねたりするという欠点をもつ。メソッドはアクターズ・スチュディオの指導者たちがかつて所属していた劇団グループ・シアターが目ざしたリアリズム演技の理論化で,類型的で不自然な演技を排するという出発点には必然性があったが,やがてそれ自体,ひとつの類型となった。しかし,1950年代から60年代のアメリカ演劇,映画に清新な演技を提供した。…

【アメリカ演劇】より

…しかし,文学としての戯曲を作ろうとしたオニールの努力そのものは決して軽視できない。また,1919年に創設されたシアター・ギルドTheatre Guild,31年にH.E.クラーマン,L.ストラスバーグらが結成したグループ・シアターGroup Theatreなどの団体が,G.B.ショー,イプセン,ストリンドベリらの外国の作品や,オニール,W.サローヤン,C.オデッツなどの自国作家の新作を意欲的に上演して,アメリカ演劇の水準を高めようとしたことも記憶されてよい。 こうして1920年代から40年代にかけてのアメリカには,すぐれた劇作家が相次いで登場した。…

【クラーマン】より

…アメリカの演出家,劇評家。1931年に結成された意欲的な劇団グループ・シアターの中心として,オデッツやポール・グリーンの作品を上演。さらにブロードウェーでA.ミラー,オニールなどの劇を演出して,アメリカのリアリズム演劇の確立に貢献した。…

【ストラスバーグ】より

…アメリカの演出家,俳優教育者。演劇団体シアター・ギルドで俳優,演出家として活動した後,1931年劇団グループ・シアターの結成に参加,多くの劇を演出した。50年俳優訓練機関アクターズ・スチュディオの運営責任者となり,演出家E.カザンなどと協力してすぐれた俳優を続々と送り出した。…

※「グループ・シアター」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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