ロシアの俳優、演出家スタニスラフスキーが、自分の体験をもとに、多くの実験と試行錯誤を重ねて創造した科学的な近代俳優術。モスクワ芸術座の活動、プーシキン、ゴーゴリ、オストロフスキー、シチェープキンらのロシア演劇のリアリズムの伝統、諸外国の名優たちや演劇芸術からの経験、唯物論的な美学や心理学、セーチェノフ、パブロフらの生理学が土台にある。紋切り型や芝居がかりを否定し、真に役を生きる「心理体験の芸術」を主張し、俳優の内的・外的資質を有機的に発展させながら、潜在する創造過程を意識的にとらえる指針を示す。演劇の社会的意義と戯曲の理念を重視し、上演の「超・超課題」と戯曲の「超課題」、役の「一貫した行動」を明確にすることを求め、これらを具体化する方法として「身体的行動」の理論がある。集団芸術としてのアンサンブルをたいせつにして、「俳優の倫理」が説かれる。スターリン時代には教条的に狭く解釈されたが、けっして万能の「料理ブック」ではなくて、俳優に創造的な厳しい自己訓練を要求している。これらを総合した著書『俳優の仕事』全3巻(第1巻・第2巻1938、第3巻1957)の第2巻以降は弟子たちによってまとめられたが、このシステムは日本の新劇界をはじめ、全世界の俳優教育に計り知れない影響を与えている。
[中本信幸]
『山田肇訳『俳優修業』全6冊(1956・未来社)』▽『千田是也訳『俳優の仕事』(1968・理論社)』▽『アバルキン著、馬上義太郎訳『スタニスラフスキー教科書』全3冊(1955・未来社)』
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(扇田昭彦 演劇評論家 / 2007年)
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[スタニスラフスキー,ブレヒト]
このような演技の創造に関する方法論を,スタニスラフスキーはリアリズム演劇確立のために,その生涯にわたって追求した。〈俳優の創造とは,役を生きることである〉として,そのような演技のあり方を彼は〈体験の芸術〉と規定し,演技の基礎となる俳優修業の方法と役のつくり方を中心的課題として,〈スタニスラフスキー・システム〉と呼ばれる方法を実践し,発展させた。彼は,俳優の基本的要素として,想像力,注意力,筋肉の解放,実感および信じること,いきいきとした記憶力,相手役との交流,運動神経,リズム感覚,行動および体験の論理的把握力,話し方などをあげ,これらの要素が有機的に結びつくことによって,舞台上の俳優の創造的コンディションはつくられると考えた。…
…舞台上で行動しているのは〈本物のハムレット〉(というものがあると仮定しての話だが)ではなく,〈何某の演ずるハムレット〉である。その際,登場人物という外見あるいは仮面の下に,役者が完全に消え去るべきであり,虚構の人物とそれを演ずる人間とが過不足なく重なり合わなければならない,というのが,代換不可能の近代的個我の表現たろうとした近代の写実主義の俳優術の要請であり(その典型はスタニスラフスキー・システムである),近代劇作術もそのような登場人物と演戯者の関係を前提とした。しかし舞台上に人が見にくるのは,〈何某の演ずるハムレット〉であることが多く,良きにつけ悪しきにつけ,人は登場人物と役者とを同時に見ているのである。…
…以来ロシア革命の激動期をはさんで,没年までの40年間に100編におよぶ内外の古典と新作の上演を指導し,芸術座を世界の近代劇運動の頂点に立つ演劇の殿堂たらしめた。 1932年の大患後は多年の関心事であった俳優の創造活動の解明とその教育の方法確立に心血をそそぎ,いわゆるスタニスラフスキー・システムと名付けられた俳優芸術の創造方法をあみだした。それは,観客を心から感動させる人間生活の真実を舞台に再現するためには,俳優は役を演じるのではなく,役を生きなければならない,つまり身体と心理の動きが不可分に結びつく劇行動をつくりださねばならない,というものであった。…
※「スタニスラフスキーシステム」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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