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ケン・アンロック Keng Angrok

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世界大百科事典 第2版の解説

ケン・アンロック【Keng Angrok】

?‐1227
インドネシア,ジャワのシンガサリ朝の創始者。ジャワ東部のトゥマーペル(のちの名称はシンガサリ)地方の農民出身で,若いころは非行を重ねたが,策略に富み,トゥマーペルの領主トゥングル・アメトゥンの家臣となった後,その妻ケン・デデスと通じて領主を暗殺し,自ら領主となった。当時東ジャワのクディリ朝は衰退の一途をたどっていたので,ケン・アンロックは1222年にこれを滅ぼし,シンガサリ朝を開いた。しかし彼は在位5年の後,妻と前夫トゥングル・アメトゥンとの間の男子アヌーサパティが差し向けた刺客によって暗殺され,アヌーサパティが王位を継いだ。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のケン・アンロックの言及

【シンガサリ】より

…インドネシア,東部ジャワのシンガサリを中心として,1222年から92年まで栄えた王国。建国者ケン・アンロック(アンロ)は卑しい身分の出であったが,胆力と策略にたけ,トゥマーペル地方の領主トゥングル・アメトゥンの妻デデスと通じて1220年に領主を暗殺し,代わって領主となった。そして2年後にはクディリ朝最後の王クルタジャヤをガンテルの戦で敗死させてシンガサリ朝を開き,ラージャサ王と改名した。…

※「ケン・アンロック」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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