非行(読み)ヒコウ

デジタル大辞泉 「非行」の意味・読み・例文・類語

ひ‐こう〔‐カウ〕【非行】

道義にはずれた行為。不正行為。「非行をあばく」
青少年の、社会の決まりなどにそむく行為。法律違反およびその潜在的可能性をもつ行動。「非行に走る」
[類語]暴行愚行愚挙乱行醜行暴力狼藉蛮行極道

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

精選版 日本国語大辞典 「非行」の意味・読み・例文・類語

ひ‐こう‥カウ【非行】

  1. 〘 名詞 〙
  2. 道理や道徳にはずれた行為。不正な行ない。不良行為。
    1. [初出の実例]「彼れは其はじめ将軍たりしころ云々の非行(ヒカウ)あり没徳ありしといとまざまざしく罵りたり」(出典:春迺屋漫筆(1891)〈坪内逍遙〉政界叢話)
  3. 特に、青少年の、法律や社会秩序に反する行為。法律では、青少年の刑法犯、特別法犯、虞犯(ぐはん)行為の総称。
    1. [初出の実例]「この法律は、少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して」(出典:少年法(1948)一条)

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「非行」の意味・わかりやすい解説

非行 (ひこう)

ある社会の法的規範に対し違反する行為。したがって,その社会の政治的・経済的・社会文化的諸事情に規定され,かつ時代とともに変遷する社会的(法的)概念である。〈非行〉の語は英語のdelinquencyにあたり,第2次大戦後広く使用されるようになった。その行為の主体者を非行者delinquentといい,少年にも成人にもあてはまるが,一般には青少年の反規範行為に対して用いられ,〈少年非行juvenile delinquency〉という場合が多い。日本の少年法では,(1)14歳以上20歳未満で刑法に触れる罪を犯した少年を〈犯罪少年〉,(2)14歳未満で刑法に触れる行為をした少年を〈触法少年〉,(3)保護者への反抗や不良交遊等の傾向が強く将来罪を犯すおそれのある少年を〈虞犯(ぐはん)少年〉と規定している。

第2次大戦後における少年非行の推移を刑法犯検挙人員の人口比(人口1000人に対する割合)でみると,三つの大きな波がみられる。戦後10年間は混乱期にあたり,食うため生きるための非行が多発し,1951年には第1次のピークに達した。当時の非行の特徴は,18・19歳の年長少年,なかでも貧困家庭出身の勤労少年や無職少年の割合が高く,非行行為としては窃盗の占める比率が高いことであった。1950年代後半から60年代にかけては高度経済成長期で,成人の犯罪率が低下していったのに対して少年の非行率は上昇をたどり,64年には戦後第2次のピークを記録した。この時期の少年非行は,交通犯罪,粗暴犯,性犯罪の増加,低年齢化現象が特徴である。また睡眠薬遊びのような逃避型非行,中流階級出身者や学生・生徒による非行が増加した。60年代後半は高度経済成長が続き,交通事故の激増,公害の発生,都市化の拡大,受験戦争,学園紛争,ヒッピー等が現れ,非行にも影響を及ぼした。1970年代以降は石油危機を契機に低成長時代への転換が始まった。経済情勢は低迷し,倒産,一家心中が頻発した。また大量進学時代を迎え,学校内暴力,登校拒否家庭内暴力等深刻な問題が増加し,社会文化的には大衆化,享楽化が進行した。非行内容は万引,オートバイ盗,自転車盗,自転車乗逃げなど罪質の軽い非行が多いが,女子や低年齢層少年の非行,薬物濫用集団非行,再犯少年等の増加,さらに家庭内暴力や学校内暴力の問題などは注意を要する現象である。とりわけ対教師・生徒間暴力,器物損壊などのいわゆる学校内暴力(校内暴力)の発生数は,83年にピークを迎えてのち,いったん減少の気配を見せたが,87年以後ふたたび増加に転じた。90年代に入っても増加の一途をたどっており,とくに中学校における増加は急激で,発生件数について言えば,95年の発生数は83年の約1.6倍である。また,薬物の濫用については,近年覚醒剤の低年齢層への広まりが問題となっている。少年非行は社会の矛盾や問題点を鋭敏に映す指標である。

少年非行の問題は,次代を担うべき少年たちの動向を占うものとして,いかなる時代や社会体制においても,重大な関心が払われてきた。たとえば,すでに6000年前,エジプトに少年非行の記録が残されており,ソクラテスは〈青年は権威を軽蔑し,両親や目上の人を敬わず,教師に対して暴君のようである〉と嘆いている。日本では空海が《三教指帰》で非行少年を儒教,道教,仏教の3人の信者が説論する光景を書いている。また,江戸中期に林子平が《父兄訓》で〈子弟が13~14歳になると悪業を見習って増長するので安堵できない〉と同様の苦言を呈している。このように青少年の非行,なかでも親や教師に代表される権威や社会秩序に対する反抗は,どの時代にもおとなや社会にとって大きな脅威であり,それだけに少年非行に対する社会の対応は,非常に厳しいものであった。たとえば約4000年前,ハンムラピ法典は第195条に,〈もし息子が彼の父を殴打するならば,息子の両手を切断すべし〉と規定していた。古い時代からの〈殺人には死刑〉に象徴される〈応報思想〉は,非行少年に対しても苛酷な刑罰を要求した。犯罪に対する罰は正義であり,刑罰は重いほど矯正ないし犯罪予防の効果が大きいと考えられたからである。当時は非行少年も成人犯罪者といっしょに集団的,画一的に厳しく取り扱われていた。

 しかし,こうした懲罰的方法は更生をもたらすどころか,かえって非行の悪質化や累犯者の増加を招き,社会の安全をますます危うくするものとなった。この悪循環が認識され,改革の気運が起こるまでにはじつに長い年月を必要とした。改革の第1の原動力は,16世紀以来の伝統をもち,ベッカリーアJ.ハワードに代表される〈宗教的ないし人道主義的刑務所改革運動〉であった。第2の原動力は,ロンブローゾをはじめとするイタリア刑事実証学派が議論の重点を犯罪現象から犯罪者に移し,犯罪原因等について〈自然科学的に研究〉すべきであると教えたことにあった。これらの影響を受けて刑法における近代学派が誕生し,F.vonリストらは応報刑に反対して目的刑を主張するに至った。このような経緯をへて応報的刑罰に代わり,個人的な理解を中心とした人間的・心理的な取扱いがなされはじめ,処遇treatmentと呼ばれるようになった。20世紀に入ると,ドイツのグルーレやアメリカのヒーリーW.Healyらを嚆矢(こうし)として,非行原因の実態調査を基礎に処遇を行う科学主義が導入され,さまざまな分野において科学的研究が活発に進められた。その結果,非行の原因は単一ではなく,精神的・心理的・身体的・社会的・経済的・政治的などの要因が有機的に複雑に関連していることが明らかにされた。精神力動的には〈少年非行はその欲求をしばしば充足してくれない環境に対する,その少年の不適応である〉という〈欲求不満-不適応〉理論が,最も適切なものとして国連のレポート(1955)で取り上げられた。

日本では,1949年に施行された現行の少年法に上述の成果が取り入れられた。少年法の目的は〈少年の健全な育成を期し,非行のある少年に対して性格の矯正および環境の調整に関する保護処分を行う〉ことにあり,裁判所に優位性をもたせ,処遇の中心に保護・教育・改善を置いたことに特徴がある。根底には少年の人権と福祉を守る立場が貫かれている。非行を犯した少年は家庭裁判所へ送致され,少年本人や保護者の資質,環境,経歴等に関する専門的調査に基づいて,審判不開始,不処分,保護処分,検察官送致等が決定される。なお保護処分には少年法による保護観察と少年院送致,さらに教護院養護施設(1997年,それぞれ児童自立支援施設,児童養護施設と改称)など児童福祉法に基づく処分が含まれる。

 日本のみならず,世界的にも非行少年の処遇の中では少年院は最も組織的かつ強力な矯正教育が行われるものと期待された。しかし少年院退院者の予後調査により半数以上の者が再非行を犯すことが明らかにされ,施設処遇と矯正効果の問題が改めて問い直されるに至った。こうして施設処遇改善の試みがさまざまな方向から推進された。治療的処遇技術の面からは,個別的治療法として精神分析や非指示的カウンセリング,内観法,行動療法など,集団的治療法として集団心理療法,現実療法,心理劇法,その他いろいろな訓練法がくふうされ実践された。また施設全体の雰囲気を治療的にしようとの試みが,オーストリアのアイヒホルンA.Aichhorn(1878-1949)らによってなされた。彼は少年と職員との間に親密で持続的な人間関係を確立し,施設全体を暖かい家庭的な雰囲気にして治療しようと試み,画期的な成果をあげた。これは〈環境療法〉と名付けられ,近年アメリカにおいて実験的な試みが大規模に行われ,児童期に親の愛情を剝脱されたタイプの少年に効果的であることが示された。ただし精神病,重い精神病質や精神遅滞,正常少年には別の方法が適当とされた。さらに退所時に職員との別離に伴い危機的な問題が生じるので,単に施設処遇の改善だけでは不十分であり,回復に応じて社会との接触を漸進的に体験させていくシステムの必要が教えられた。こうして施設に収容せずに初めから〈社会内開放処遇〉を行う試みが生みだされた。そこではカリフォルニア州の青少年局で行われたように,個別的ないし集団的心理療法に加えて家族療法,里親とグループ居住制,治療的家庭教師制などが試みられた。これらの新しい処遇法による経験と研究は,閉鎖施設よりも開放施設が,開放施設の中では収容施設よりも通院施設が社会復帰に有効であり,さらに非行原因や対人関係成熟度などによる類型に対応した〈応差的処遇〉が効果的であることを明らかにした。

たとえばウォレンM.Q.Warrenは,非行少年に関する16の代表的類型論を検討し,非社会型,反社会的-操縦者型,神経症型,同調者型,二次文化共鳴者型,状況型の6類型にまとめ,それぞれについて特徴,原因,処遇の方法をあげた。

(1)〈非社会型〉とは,非適応的ないし逃亡型非行に近く,衝動的,情動不安定で反抗的,人を信頼せず自己中心的で,他罰的かつ自己憐憫(れんびん)的な考え方をするものである。原因としては,親の拒否,虐待,遺棄など極度の情緒的剝脱があげられている。処遇は,忍耐強いおとなによる暖かく受容的な接し方,明確で具体的かつ支持的な指導法,遺棄と拒否とに対する恐怖を減少させるような接し方等が望ましいとされている。

(2)〈反社会的-操縦者型〉は,性格的非行に近く,内在化した規範や罪責感をもたず,世をすね,人に対して極度に冷淡で敵意をもち,かつ権力指向的な特徴を示すものである。原因は疑い深く,要求がましく,愛情と拒否が一貫していない親,競争的で互いに食いものにしあっている家族等があげられている。処遇は,(a)集団処遇,職業,運動競技などの訓練を通じて合法的な成功への機会を増加する,(b)人間関係の中で心的外傷を再現し味わうことを許し,他人に依存し関心を寄せる能力の復活をはかる,などの2方向があるが,治療はきわめて困難と考えられている。

(3)〈神経症型〉とは,不安,抑うつ,引っ込み思案などの特徴が認められるもので,その原因は両親の不安や葛藤(かつとう),あるいは男らしさへの過剰な努力などであり,これらが神経症的葛藤を引き起こし非行として表現される。自分は悪いことをしていると気がとがめるが,抵抗しがたい衝動にかられて非行を反復してしまう。処遇は,非行少年と家族に対する個別または集団の心理療法を行い,洞察を通して神経症的葛藤の解決をめざすことである。

(4)〈同調者型〉と〈二次文化共鳴者型〉とは,適応的非行,感染性非行あるいは社会化された非行に近く,正常の社会規範からは逸脱しているものの,ある非行集団に帰属し,非行社会の価値観に親和・同一化する特徴を示すものである。処遇は,少年に接する成人が人間関係を通じてこのような少年の同調性を変容すること,非行が引き合わないこと等を教える方法が考えられている。

(5)〈状況型〉とは,いわゆる正常少年で,非行は偶発的な事情あるいは正常の処理能力を超えた事態の結果として起こるものである。処遇は,警察,教師,両親などが非行の悪は悪としてけじめをつけるとともに,非行に走らせた社会的あるいは個人的な問題を少年が解決するのを援助する。その際むやみに公にすることは有害であるから慎重な対処が必要とされる。

(6)最後に〈精神障害性要因〉,すなわち精神病,器質性ないし微細な脳障害,覚醒剤やアルコール中毒精神薄弱などが非行に関係する場合があることに留意すべきである。処遇は,一刻も早くしかるべき精神科治療や社会的訓練ないし教育の軌道に乗せることである。このように非行少年の類型に応じた処遇方法は,今後ますます実態に即するように追究されなければならないであろう。

実際の対策や治療においては個々の少年の問題に対応して,家庭,学校,地域,行政,医療等がそれぞれ独自の役割を果たしながら,社会全体として有機的連携を保ち,緊急の場合〈力〉による非行抑止という短期的視点に加えて,〈社会環境の改善〉および青少年自身の〈自己規制力の育成〉などの長期的視点も並行して行われる必要がある。非行少年の処遇ないし治療にはさまざまな方法があるにしても,その究極目標は単に非行性を改善するというより,孤立や不信から本人を救い出し,人格の発達と社会性の促進をはかり,自分の行動を自分で律していけるような主体性を培うことにある。その手段として最も基本的なものは,治療専門家との関係をきっかけとして直接少年と接する親,教師,職親などが少年と良い人間関係をつくり,これを持続させつつ信頼関係へと発展させることである。

 しかし非行少年との間に親密な人間関係を築くことは,現実にはきわめて困難である。非行性の重い少年は,おとなや社会に対して根深い恨みや憎悪を抱き,治療者にも激しい敵意を示すからである。彼らはみずからの非行の責任を一方的に親や社会に帰し,良心のとがめや罪責感をもたず,治療意欲を示さずむしろ拒否するかのようにふるまう。それゆえ非行少年に面接する者にとっては,彼らの激しく,しかも度重なる反抗を克服しつつ,まず人間関係成立のきっかけをつかむことこそが,最初にして最大の課題となる。こうした非行少年の根本的治療における最も重要な鍵は,面接者の〈非行少年観〉と〈治療観〉にあると考えられる。すなわち第1に面接者が彼らの心の奥深くに隠されている苦悩に満ちた声なき訴えや甘えのかすかな呼びかけを察知できるかどうか,第2に面接者が非行少年の立直りと自立する可能性を信じ,人間的な出会いを求めつつ,たゆまぬ語りかけを続ける覚悟があるかどうか,にかかっている。そのうえで少年が〈自分は一人の人間として尊重されている〉〈自分こそ面接における主人公である〉と感じとり,面接を続けてみようという気持ちになるような接し方(技法)が必要である。

 なお,家族の理解と信頼と協力を得ることはきわめて重要である。治療の主体ははじめこそ治療者にあるものの,主役はあくまでも家族と少年本人にあることが心に銘記され,治療の主力はそこにこそ注がれなければならない。また非行を早期に発見し,早期に診断し,早期に指導ないし治療する重要性は,いくら強調されても強調されすぎることはない。本人はもちろん家族,社会の福祉のためにも,対策の最重要点はこの点に置かれる必要がある。
家庭裁判所 →少年審判 →少年法
執筆者:

いつの時代にも学校では非行を賞罰両方の手段によって正すという方式がとられたが,非行発生予防には,学校内での指導だけでなく,子ども・青年の学校外の生活にも,教育行政当局や教師が目を向けるようになった。文部省のとった措置で重要なのは,1932年の訓令〈児童生徒ニ対スル校外生活指導ニ関スル件〉であり,これは既存の少年団の実績を認めたうえで,敬神崇祖・社会奉仕などの精神を培い,体位向上を図り,〈健全ナル国民善良ナル公民タルノ素地〉を学校教育と連絡しながら養うよう指示した。これは非行を防止し,子どもの校外生活を皇国民錬成の場に再編成するため,当時各地で始まっていたピオネール運動を抑圧するねらいも持っていた。

 第2次大戦後は,前述のように何度か非行が増加した時期があり,そのつど為政者により,学校の道徳教育の強化が必要であるとされた。しかし第3のピークとなった1970年代末から80年代にかけての非行では,従来見られなかった校内暴力が,とくに高校,ついで中学校において急増し,学校はその対策に追われた。社会体制に迎合し,しかも受験体制が強くなった学校教育は子どもの批判精神の発達を抑え,無気力や絶望感をはびこらせ,これが非行の主要な原因となっている。さらにさかのぼると幼児期からの家庭における過保護が自立を遅らせたことも非行の遠因になっているとみられる。ときにその非行は学校教職員の手に負えぬ暴力行為に及び,警察が実態を調査し対策を立てる一方,学校側が警察力を校内に導入するという事態もあった。80年11月には文部省の初等中等教育局長・社会教育局長連名の通達〈児童生徒の非行の防止について〉が出され,毅然たる態度で生徒指導にあたる必要が説かれ,また12月には総理府,文部省,厚生省,警察庁など関係6省庁の担当局長による〈非行対策関係省庁連絡会議〉が設けられた。

 校内暴力は日本だけに起こっているのではなく,ILO〈教員の雇用と労働条件調査〉(1981)によると心身の健康を損ねている教師が1/4に達し,その最大の原因は労働時間の長さなどより生徒の校内暴力にあるとされている。とくにアメリカでは公立学校教員の5%が被害者であり,ヨーロッパ諸国でも増加していることが明らかにされた。80年代後半以降急増した不登校や高校中退も非行と関係があり,教育のあり方について再検討する必要に迫られている。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

最新 心理学事典 「非行」の解説

ひこう
非行
delinquency

非行とは,広義には社会の規則や規範・道徳に反するすべての行為(逸脱行為deviant behavior)を指すが,法律上は戦後少年法が制定されるときに英語のjuvenile delinquencyにあたる用語として用いられるようになった。少年法では20歳未満の者を少年とし,法律上の罪を犯した14歳以上の者を犯罪少年,14歳未満の者を触法少年とよぶ。また一定の不良行状があり,性格や環境状況から見て将来罪を犯す虞れのある者を虞犯少年とよぶ。

【日本の少年非行の統計的推移】 犯罪行為で摘発された非行少年の数は,短期的には細かな上下変動を繰り返しつつも,戦後から現在までを長期的に眺めれば,1980年代をピークに大きな山型を描いており,今日では戦後の1940年代後半とほぼ同数まで減っている。しかし,近年は少子化が進み,母集団となる少年人口が減少しているため,過去と現在の実数を単純に比較することは適当でない。そこで,各々の時代の少年人口に占める刑法犯の割合を算出してみると,やや右肩上がりで高止まりしていた比率がはっきり減少し始めるのは,じつは2003年以降のことである。その刑法犯には,さまざまな罪種が含まれる。殺人・強盗・放火・強姦といった凶悪犯,暴行・傷害・脅迫・恐喝などの粗暴犯,詐欺・横領・偽造などの知能犯,賭博・猥褻の風俗犯なども含まれるが,最も一般的で摘発件数も多いのは窃盗犯である。少年刑法犯の増減は,この窃盗犯の増減の影響を大きく受けている。

 少年による窃盗犯の中で,過半数を占めているのは万引きである。その次に摘発件数が多いのは占有離脱物横領であるが,その中身は放置自転車や放置オートバイの乗り回しがほとんどである。これらの軽微な犯行によって摘発された少年の増減が,少年刑法犯全体の動向を決めている。少年刑法犯が激増した1980年代も,その罪種のほとんどは窃盗犯や占有離脱物横領だった。当時は,それを指して遊び型非行の流行と形容された。他方,世間で注目を浴びやすい少年事件は殺人や強盗などの凶悪犯であるが,その動向について,時期ごとに少年人口に占める割合を算出してみると,その推移は少年刑法犯全体の傾向とかなり異なっている。1960年代以降,大きく減少したままなのである。

【主体の形成を巡る非行理論】 少年非行の原因について心理面から眺めた場合,少年たちが犯罪にコミットするには逸脱文化deviant cultureの一種である非行文化delinquent cultureの学習が必要だと主張したのが文化学習理論cultural learning theoryである。少年犯罪は,成人犯罪とは異なって集団で行なわれることが多い。非行グループは,単に犯行の手口を伝授する場であるだけではなく,犯罪に対して許容的な心理や態度を醸成する場でもある。このような立場からコーエンCohen,A.K.(1955)は,少年非行はおとなの支配文化に対する反動的な副次文化を学習した結果であると主張した。またサザランドSutherland,E.H.とクレッシーCressey,D.R.(1955)は,その副次文化を学習する機会の有無に焦点を当て,主観的な状況定義によってそれが左右される過程を扱った分化的接触論differential association theoryを展開した。さらにマッツァMatza,D.(1964)は,少年たちの多くはむしろ支配文化と副次文化の間を漂っていると指摘して漂流理論drift theoryを提起した。これらの諸理論が解明してきたように,非行少年の逸脱的な心理は,いきなり単独の少年の内面に形成されるわけではなく,仲間集団における文化学習を通じて社会的に形成されるものである。たとえば,非行少年たちは,犯罪にコミットしようとするとき,自らの罪悪感を打ち消さなければならない。彼らは罪悪感をもたないから犯罪へ走るわけではない。このような立場から,サイクスSykes,G.M.とマッツァ(1957)は,彼らが犯罪に手を染めることができるのは,罪悪感を打ち消すテクニックを文化として学習しているからだとして「中和の技術」の存在を指摘した。

 他方で,社会緊張理論social strain theoryとよばれる一連の研究も,少年非行の心理的な原因の解明に大きく寄与してきた。

 社会緊張理論の代表格であるマートンMerton,R.K.(1957)は,貧しい階層の少年の犯罪率がなぜ高いのかを説明するため,金銭的な豊かさの実現を積極的に促す文化目標を過度に煽られながらも,その達成手段は現実には開かれていないという社会状況に着目し,その状態をアノミーanomieとよんだ。そして,このアノミーこそが,貧しい階層の人びとを犯罪へと駆り立てる潜在的な要因になっていると主張した。目標と手段の乖離から生じる心理的葛藤が犯罪を引き起こすと主張したのである。たとえばアメリカの犯罪率が異常に高いのも,以上のような理由によると述べ,野心というアメリカの最大の美徳が,犯罪というアメリカの最大の悪徳を生み出していると主張した。このように心理的葛藤こそが犯罪の原因なら,そこから生まれる犯罪は財産犯に限定されない。こうしてマートンは,社会階層による犯罪率の違いを,文化目標の平等配分と達成手段の不平等配分に由来するノーマルな現象として論じたのである。

 少年たちを犯罪の世界へと引き込む要因を説明しようとしたのが文化学習理論だとすれば,少年たちを犯罪の世界へと押し出す要因を説明しようとしたのが社会緊張理論である。少年たちを犯罪へと誘う文化的な誘因があったからといって,その空気に接した少年たちがみな犯罪へ走るわけではない。その行動の背景には,社会構造的なプレッシャーがある。文化学習理論に対して,社会緊張理論はこのように反論を展開した。換言すれば,文化学習理論が人間関係の相互作用というミクロな変数から生じる心理状態を扱ったのに対し,社会緊張理論は社会構造的な矛盾というマクロな変数から生じる心理状態を扱ったともいえるだろう。

 もっとも,総合的な見地から眺めれば,文化学習理論と社会緊張理論は必ずしも互いに相容れない理論ではない。具体的な犯罪は,人びとを逸脱的な世界へと引き込む要因の側面だけから説明されるものでもなければ,人びとをその世界へと押し出す要因の側面だけから説明されるものでもない。一つの現象に,これら双方の要因を見いだすことは可能だろう。このような見地から,クラワードCloward,R.A.とオーリンOhlin,L.E.(1960)は,文化学習理論と社会緊張理論を接合した分化的機会構造論differential structured opportunity theoryを構築した。実際,非合法な世界へと誘われる具体的な機会は,合法的な世界から構造的に締め出される程度に応じて,逆に開かれていきやすいものである。彼らは,この相関に着目して統合的な理論を作り上げたのである。

【社会の統制を巡る非行理論】 少年非行の背景には両方の要因があるとして,いったん悪の道へ入ってしまった少年たちが,さらに深みへ陥っていきやすいのはなぜだろうか。一般に,非行少年たちの独特な心理特性は,万引きや窃盗などの軽微な犯行から始まって,殺人や強盗といった重大な犯罪へ向けて逸脱キャリアを歩んでいくなかで形成されていく。したがって,逸脱キャリアがどのようにスタートするかは,きわめて重要な問題である。

 この点に着目して,非行少年たちを取り締まるはずの統制活動こそが,実はそのスタート・ラインを切らせているのではないかと警鐘を鳴らし,従来の見方にコペルニクス的な視座転換を迫ったのがラベリング理論labeling theoryである。取り締まりの対象となる現実の犯罪行為は,具体的な生身の人間によって行なわれるものである。犯罪とみなされる行為類型がたとえ抽象的に存在していたとしても,法が執行されるのは,統制側が逸脱側と現実に出会う個別具体的な場面においてである。その場合に,犯罪者がもつさまざまな属性,たとえば社会的な地位や評判などの違いによって,法の執行にはバイアスがかかることもある。とりわけ少年犯罪については,第一線にいる取締官の自由裁量権がきわめて大きく,摘発されるか否かは,個別の取締官が個別の少年に対して抱く印象に大きく左右されやすい。ラベリング理論は,このような法執行に対する犯罪者の脆弱性の差違に注目し,社会統制の不平等さを指摘した。特定の対象に対する統制が強化されれば,その領域で摘発される犯罪の件数が増加するのは当然である。この指摘は,実はそう単純ではない。たまたま摘発されただけであっても,統制側から逸脱者のレッテルを貼られた者が,まさにそのことを契機に逸脱キャリアを深化させ,逸脱行動を増幅させていくという悪循環のメカニズムがここに見いだされるからである。レッテルを貼られた人間は,周囲の人びとからも,また自分自身からも,自らを逸脱者とみなすまなざしにさらされる。その結果,レッテル貼りのネガティブな効果が表われる危険性も高まっていくのである。

 このような点に着目し,ラベリング理論の旗手の一人であるベッカーBecker,H.S.(1963)は,「逸脱動機が逸脱行動を導くのではなく,まったく逆なのだ。逸脱行動がいつのまにか逸脱的動機づけを生み出すのである」と述べた。逸脱キャリアの深化とは単に犯罪行為の累積ではなく,少年たちのアイデンティティの変容過程も含まれると主張したのである。またレマートLemert,E.M.(1951)も,逸脱キャリアを歩んでいく中で,逸脱的な心理を確立したがゆえに行なわれる逸脱行動を第2次的逸脱とよび,それを伴わない偶有性に満ちた第1次的逸脱と区別すべきだと主張した。そして,第2次的逸脱へのキャリアのスタートが,第1次的逸脱に対して周囲から貼られた否定的レッテルに対する適応行動として行なわれる可能性にもっと注意を払うべきだと力説した。われわれの自己イメージが他者からの役割期待の函数だとすれば,たとえ最初のきっかけは偶然性を含む些細なものであったとしても,いったん逸脱者のレッテルを貼られた人間が,まさにそれを契機として,おのずと逸脱者らしい心理特性とパーソナリティを身につけていくかもしれないことは容易に想像がつく。このように,ある領域の対象を集中的に取り締まることは,単に暗数を顕在化させるだけでなく,実際の犯罪数を増加させる潜在的な危険性を秘めている。そうなると,統制活動は,犯罪を抑制するどころか,むしろ逆に促進している側面をもつことになる。その意味で,犯罪を統制する側の活動は,実は犯罪現象の生成に寄与している。ラベリング理論はそう強調するのである。

【少年非行の現状と生きづらさ】 犯罪・非行については,いまいわゆる厳罰化の流れがあって,少年事件についても統制が強化されつつある。にもかかわらず少年事件の摘発件数が減っているとすれば,統制態度の変化とは関係ないところで,現実に少年非行は減っていると考えるべきである。その理由として,先の文化学習理論を援用して考えるなら,昨今は非行文化が成立しえなくなった点を指摘できるだろう。すでに成熟社会を迎えた現在の日本では,人びとの価値観が多様化し,かつてのような世代間対立も,また階級間対立も生まれにくくなっている。そのため多くの少年たちにとって,学校の教師も,家庭の親も,またおとなの社会も,反抗すべき敵とは感じられなくなっている。多様化する価値観の中で生きる指針を見いだせず,いくら生きづらさを感じていたとしても,敵の見えないところに対抗文化は成立しようがない。かくして現在の少年たちは,かつてのような非行文化を学習する場を失ってきた。それが少年非行の減少の背景の一因になっていると想定されうる。

 また,社会緊張理論を援用して考えるなら,昨今はアノミーが生じにくくなっている点も指摘できるだろう。昨今の日本では格差化が進んでいるとされるが,にもかかわらずその原因を社会の構造矛盾に帰するような見方は,今日では一般的ではない。いわゆる新自由主義が日本の社会全体を席巻し,何ごとにも自己責任を求めるような風潮が強まっているため,自分の生きづらさの元凶を社会に求めづらくなっている。このような社会状況では,そもそも少年たちの達成欲求も最初から阻害されやすく,したがってそこに心理的葛藤が生じることもまれになると考えられる。いずれにせよ,少年非行の減少がそのまま少年たちにとって生きやすい社会を意味しているわけではない点には,十分に留意しておきたい。【少年法とその理念:保護主義の発展と変遷】 少年の非行に対しては,成人の犯罪とは違って,基本的に少年保護の観点からその対処が求められてきた。わが国の少年保護に関する少年法は,大正11年(1922)制定の旧少年法に始まる。そこですでに「少年愛護」が提唱されてはいるが,その基本的な目的は犯罪の防あつと治安の維持であり,戦時下では,忠良なる臣民を育成する教化主義が強調された。

 現行少年法は,GHQによるアメリカ標準少年裁判所法の影響を受けた保護主義優先の思想を反映し,昭和23年(1948)に制定された。その少年法第1条には,「この法律は,少年の健全な育成を期し,非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行う」と基本理念が定められている。これは,権利の主体と認める少年観に立ち,教育・治療と環境調整のケースワークにより少年の成長発達を保障することを通じて非行問題を解決しようとするものである。

 この少年法下の非行の動向を振り返って見れば,1960年代をピークに凶悪事件を含めて減少している。『司法統計年報』によると,家庭裁判所が受理した殺人罪の人員は1961年の396人がピークで,2009年は39人で10分の1に減少した。にもかかわらず,少年に対する刑罰強化の傾向を反映した2000年の改正により,検察官の審判関与による有罪立証の補強を可能としたうえ,刑事処分相当の逆送年齢を14歳以上とし,16歳以上で故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪につき原則として逆送とした。このことによって,少年法の当初の保護主義,個別処遇の理念は後退したと言わざるをえない現状である。

【少年保護とケースワーク理論】 少年法発足当初から処遇にケースワーク理論が導入され,個別処遇が少年保護の中核であった。少年の生育史,人格と環境に関する科学的な社会調査(少年法第9条)により,非行の原因,背景,そして問題の解決の方策と可能性を明らかにし,少年のニーズに応じた教育・治療と環境調整のケースワークによる個別的な処遇を行なってきたのである。少年は社会的に弱い立場にあり,成長の途上にあって,環境に支配されやすく,また傷つきやすいけれども,可塑性に富み,失敗しながら学び,成長する可能性と教育可能性が大きいという特性の認識と信頼が個別処遇の基礎にある。少年非行の科学的理解は,非行の結果に対する非難と応報的刑罰思想を克服し,非行原因を解明し,ケースワーク的援助を通じて非行性の解消を図る合理的な問題解決を導く。非行の結果から少年を見るのではなく,少年を理解する中で非行の意味を理解することが求められる。また,少年は,理解と信頼のある扱いによってこそ,自己肯定感を回復すると同時に,他者の人権を認め,非行が他者にも自己にも有害であることに気づき,非行と向き合い,反省を深め,人間的成長を遂げながら犯罪被害の償いと更生に向かうことが可能になる。適正な個別処遇とそのプロセスへの少年の主体的参加保障のために,少年のパートナーとして援助する弁護士付添人の役割も重要である。

 少年と非行に関する科学的理解は,少年もまた生育過程で,おとなの不適切な扱いや虐待などにより傷ついてきたという被害者の側面への認識を可能にする。犯罪・非行の合理的な問題解決をめざす少年法の理念は,応報的刑罰思想を克服し,償いと被害の回復など,被害者,加害者,地域の関係修復を正義とする修復的司法restorative justiceにも合致するものである。 →矯正心理学 →犯罪 →犯罪心理学
〔土井 隆義〕・〔多田 元〕

出典 最新 心理学事典最新 心理学事典について 情報

百科事典マイペディア 「非行」の意味・わかりやすい解説

非行【ひこう】

広義には,反社会的な逸脱行動を意味する。この意味では,成人についてもあてはまるが,1948年に改正された現行の少年法にこの用語が盛り込まれたのを契機に,一般用語としても,特に青少年の行為を指して用いられるようになった。少年法の規定では,20歳未満の青少年の,保護処分となる〈犯罪行為〉〈触法行為〉及び〈虞犯〉の三つを総称して〈非行〉とする。近年非行の低年齢化が社会問題となっている。
→関連項目行動療法青少年センター

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

知恵蔵 「非行」の解説

非行

戦後混乱期の「生存のため」の非行を第1期(1951年頂点)とすると、第2期(64年頂点)は急速な経済成長の中での「反抗型」、第3期(83年頂点)は年少の少年が中心となる「遊び型・初発型」、96年から現在に至る第4期(98年頂点)は、「いきなり型」である。主体性や罪悪感に乏しい集団によるもの、非行歴がない単独者による事件が世間の注目を集めた。実際には事前に問題行動が見られ、サインを出している場合が多い。自己中心性や幼児性、対人関係や現実感覚の希薄さなどの指摘もある。思春期の非行は加齢に伴って沈静化するケースも多い。内面の虚ろさを非行で表現するのではなく、悩みを感じ、それを抱えられる方向へと本人に働きかけると共に、受け皿となる家族への教育やサポートが重要。非行少年の約6割が何らかの虐待を受けていたという児童自立支援施設(旧教護院)での調査結果も看過できない。

(田中信市 東京国際大学教授 / 2007年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「非行」の意味・わかりやすい解説

非行
ひこう

少年非行」のページをご覧ください。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

今日のキーワード

プラチナキャリア

年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...

プラチナキャリアの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android