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コツェブー August von Kotzebue

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世界大百科事典 第2版の解説

コツェブー【August von Kotzebue】

1761‐1819
ドイツの劇作家。ワイマール生れ。ロシアに赴き,1781‐90年同帝国に仕官。戯曲《人間嫌いと後悔》(1789)により反響を呼ぶ。ウィーン宮廷劇場付作者,ペテルブルグのドイツ劇場支配人をへて帰国し,ゲーテロマン派を攻撃。1808‐13年には逃亡先ロシアで反ナポレオンの論陣を張った。17年に帰国の後,ツァーリの私的通信員としてドイツ情勢をロシア政府に報告するかたわら,雑誌《文学週報》でブルシェンシャフト自由主義と愛国思想を揶揄(やゆ)し,彼をロシアのスパイブルシェンシャフトの敵と思いこんだ狂信的学生ザントKarl Ludwig Sand(1795‐1820)により暗殺された。

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世界大百科事典内のコツェブーの言及

【カールスバート決議】より

…ナポレオン戦争後のウィーン体制に反対し,ドイツの自由と統一を求める運動,とくに学生たちのブルシェンシャフトを抑制するためにドイツ連邦議会で可決された決議。K.L.ザントによる保守的劇作家コツェブー暗殺(1819年3月23日)を口実として,メッテルニヒの主導のもと,当時ドイツ連邦内で最も保守的とみなされた10政府の代表者会議が,1819年8月6~31日温泉地カールスバートKarlsbad(現,チェコスロバキア領カルロビ・バリ)に招集された。同会議の決定がカールスバート決議であり,大学法(大学監視の強化とブルシェンシャフト間の交流の禁止),出版法(20ボーゲン以下の小冊子印刷物の検閲),審問法(〈デマゴーグ〉対策を目的とするマインツ中央審問委員会の設置)および暫定執行規則からなる。…

※「コツェブー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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