翻訳|spy
国家その他の団体が秘密にしている情報を、ひそかにあるいは買収など不当な方法で探知、収集し、対立関係にある他の国家または団体の利用に供する者。間諜(かんちょう)ともいう。愛国心や思想を動機とするほか、金銭、地位、栄誉その他の報酬のために行う者もある。
スパイは古代から存在し、政治・外交・軍事に大きな役割を果たしたが、とくに第二次世界大戦後の東西対立・冷戦激化のなかで情報活動の役割が増大したため、多くの国が平時においても組織的にスパイ活動を行うようになった。公開情報の処理・分析技術の進歩と科学技術的な諜報手段の発達で、情報収集活動が質・量ともに向上したことにより、スパイの比重は低下したが、いまなおその重要性は変わらず、スパイの活動は続けられている。
なお、1907年ハーグで締結された「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」の付属書では、スパイを、交戦者の作戦地帯で隠密にまたは虚偽の口実のもとに行動する者に限っているが、これは制服軍人の偵察行為をスパイ行為と区別するための規定で、彼らがスパイとして処罰されないようにしたものである。
[林 茂夫]
中国古代の兵法書『孫子(そんし)』は、間諜の使い方として、郷間、内間、反間、生間、死間の5種類をあげている。郷間は、対象国の一般国民からスパイや情報提供者を獲得すること。内間は、対象国の各級議員や公務員を情報提供者として取り込むこと。反間は、潜入したスパイを発見したら、懐柔したり相手に偽情報をつかませたりして逆用すること。生間は、任務達成後生還して報告する使命をもって潜入するスパイ、つまり正規の情報機関員で他国に派遣されるスパイのこと。死間は、情報要員にうその情報を教えて潜入させ、別の情報要員が「彼は某国のスパイだ」と吹聴(ふいちょう)、逮捕させる。拷問のすえ白状したことだからと相手が信用して行動すればまんまとひっかかり失敗となる。当然逮捕された情報要員は殺されてしまう。きわめて残酷な情報要員の使い方だが、現在でも行われている可能性が大きいといわれている。
以上の方法は今日も同じだが、東西対立・冷戦激化の動きのなかで、二重スパイ、控スパイ(眠っているスパイ)なども生まれた。二重スパイとは、敵のためにスパイ行為を行って捕まり、説得されるかあるいは強制されてこちら側の情報機関のために働き、しかも何事もなかったかのように敵の側にいて活動を続けるスパイのことである。控スパイとは、平凡な市民としてどこかに定住し、ときには10年もの準備期間を偽装の職業のなかで過ごし、彼が政府の官吏として、あるいはスパイするに値する重要企業のなかの協力者として、秘密事項に近づきうる状態になったとき、初めて情報機関から発せられる任務をじっと待っているスパイ要員のことである。
なお、この米ソ核対決の冷戦時代には、軍事偵察衛星の有用性をだれしもが信じていたが、冷戦終結後の地域的紛争に対処しなければならない時代には、逆に本来の「人間スパイ」の有用性がますます実証されるようになった。また、これら紛争地域での自衛隊のPKO(平和維持活動)への参加拡大で、アメリカ軍学校で実施される当該展開予定地域で必要とされる語学の研修(修得)を受けるなど、自衛隊が当該紛争国でスパイ活動を行う条件が潜在的に拡大しつつある。
国内レベルにおいては、反体制運動の動きを探る警察スパイのほか、麻薬密売や密輸などの犯罪の鎮圧のためにスパイが用いられている。また私的な企業相互間で、発明や企業計画などの探知のために、あるいは企業経営者が労働者の行動・思想の調査のために、産業スパイ、労働スパイが用いられている。日本では1990年代末、当時の法務省に属していた公安調査庁によるオウム対策二法成立を目的とした事件があったが、これは中央省庁再編の動きと関連した日本独特の特殊条件によるもので、スパイ事件とはいえ、その実態は消滅必至といわれていた公安調査庁による省庁内における必要性復活をねらった「巻き返し事件」の性格が濃かったといえる。なお、2001年(平成13)の省庁再編後も公安調査庁は存続している。
[林 茂夫]
国家間におけるスパイ活動の目的は、敵対国の内部あるいは第三国で秘密の情報収集にあたることと、あわせて情勢や事態に対応して破壊工作、反乱等の扇動、挑発、デマの流布などで世論の攪乱(かくらん)を図ることである。
スパイ活動に対する防諜の方策は国によって著しく違い、多くの民主主義国では一般法によっているが、特別の法律をつくっている国もある。スパイは国民の敵性国に対する反感や恐怖心をかき立てるシンボルとして操作されやすく、スパイ防止の法的措置や摘発は、スパイ逮捕よりも、国民の人権侵害に対する反発や、反戦運動、国際親善感情などを抑圧する効果をねらったケースが多い。
[林 茂夫]
1990年代末、日本では通信傍受機関「エシュロン」(ECHELON。エシェロンともいう)の存在が話題となった。エシュロンについて、それらは「経済情報の盗聴システム」だとか「世界中のあらゆる通信を傍受している」とか報じられたが、正確とはいえない。
エシュロンとは、コミント(COMINT=通信傍受)によってアメリカの国家安全保障局(NSA)が集めた膨大な情報を、スーパーコンピュータに貯蔵・分類し、キーワードによって瞬時に検索できるようにしたものを、独自のネットワークで世界中の関係者に配布するシステムといえる。エシュロンが登場した背景には、ファクシミリ、電子メール、携帯電話、インターネットといった新しい通信手段が1975年から95年にかけて次々に出現して、傍受・解析すべき通信量が爆発的に増え、従来の手作業や低能力コンピュータでは処理しきれなくなったことがある。エシュロンがスーパーコンピュータを使って処理しているのは、傍受システムが収集した軍事、外交、政治、テロ活動など情報全般である。エシュロンに関して「経済情報の盗聴」がうんぬんされるのは、冷戦終結後、NSAなどのコミント活動が、力点を経済情報の収集に置き始めたからにすぎない。
通信傍受システムとしては、コミントのほかにシギント(SIGINT=信号諜報)がある。これは世界中に何十もの電子スパイ基地を置き、インターネットや海底ケーブル、電波、大使館内に敷設された秘密設備などで流される信号を傍受するシステムである。さらに、地球上のどんな場所から発信される信号も監視できるよう、人工衛星を用いた通信傍受も行われている。
英語圏のアメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの5か国は、世界のさまざまな地域における監視を共同で行っていく協定を結んでいる。これは、1947年にアメリカ・イギリス間で締結された秘密協定(英米協約=UKUSA)に始まったものである。この協定では、信号諜報の各機関が、世界中の国々、ときには前記5か国どうしの間でスパイ活動をする際の、共通の手続、目標、設備、手段を規定している。また、この5か国とは別に「第三国」とよばれるカテゴリーがある。これは信号諜報に関して英米と協力する協定を結んだ国々のことで、日本、韓国、ノルウェー、デンマーク、ドイツ、トルコなどが含まれるといわれている。つまり、日本はUKUSAの信号諜報のシステムの対象国であると同時に、同システムに参加している当事者でもあるのである。しかしその具体的な実態はよくわかっていない。
[林 茂夫]
『ウェ・エヌ・ミナーエフ著、高橋勝之訳『あばかれた秘密――国際帝国主義の謀略』(1961・新日本出版社)』▽『内外政治研究所編『スパイの世界』(1968・日刊労働通信社)』▽『アンドリュー・タリー著、関口英男訳『超スパイ機関――世界最強の諜報機関』(1971・明光社)』▽『ゲルト・ブックハイト著、北原収訳『諜報――情報機関の使命』(1972・三修社)』▽『ロックフェラー委員会報告、毎日新聞社外信部訳『CIA――アメリカ中央情報局の内幕』(1975・毎日新聞社)』▽『杜漸著、岸本弘・木田洋訳『KGB――ソ連支配権力の秘密』(1984・亜紀書房)』▽『ブライアン・フリーマントル著、新庄哲夫訳『KGB』(1984・新潮選書)』▽『ブライアン・フリーマントル著、新庄哲夫訳『CIA』(1984・新潮選書)』▽『W・ケネディ、D・ベーカー、R・S・フリードマン、D・ミラー著、落合信彦訳『諜報戦争――21世紀生存の条件』(1985・光文社)』▽『ピーター・ライト、ポール・グリーングラス著、久保田誠一監訳『スパイキャッチャー』(1987・朝日新聞社)』▽『中薗英助著『スパイの世界』(岩波新書)』▽『チョイ・イェオング・ジャエ「全世界盗聴網 エシュロンの恐怖」(『新東亜』2000年4月号所収・東亜日報社)』▽『ダンカン・キャンベル「通信諜報包囲網・エシェロンの実態――日本のビジネス・外交情報は筒抜け」(『世界』2000年10月号所収・岩波書店)』▽『石川巖「恐怖の通信盗聴システム『エシュロン』」(『軍事研究』2000年10月号所収・ジャパン・ミリタリー・レビュー)』▽『櫻井春彦「市民を監視する『耳』エシュロン」(『軍事研究』2001年2月号所収・ジャパン・ミリタリー・レビュー)』
スパイ(間諜ともいう)とは何かを正確に定義することは難しい。国際的な規定としては,1907年の〈陸戦の法規慣例に関する条約〉(ハーグ条約)の条約付属書,1948年の〈ジュネーブ条約並びに国際的武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書〉がある。たとえば前者ではスパイを,作戦地帯内において相手交戦者に通報する意志をもって隠密または虚偽の口実のもとに情報を収集し,あるいは,しようとする者に限定している(同書29条)。これは制服を着用した軍人の情報収集活動を,各国で制定されたスパイ活動に関する処罰規定から除外するねらいをもったもので,各国間における最低限の合意事項にすぎない。
古典的な概念によれば,〈スパイとは軍事や政治に直接役立つ秘密情報を,秘密の手段で入手せんとする者〉という程度の,大まかな定義で十分であった。だが,近代,特に20世紀に入り,その内容は大きく変化せざるをえなくなっている。第1に,スパイ行為の目標が政治的・軍事的な情報のみならず,経済的・思想的・社会的あるいは科学技術的な情報にまで広がったこと,第2に,スパイの任務に単に情報の収集という知的で間接的に役立つものの入手に加えて,破壊,攪乱,宣伝などの,いわゆる〈謀略〉という直接的な攻撃が加わったこと,第3に,スパイ工作の主体が,通常〈国家〉または〈国家に準ずる組織〉であったものから,団体や企業,その他の結社など,より低次小規模の組織へと拡大されたことである。だが,そうした変化にもかかわらず,スパイの〈秘密性〉と〈非合法性〉は変化していない。〈秘密性〉は三つのカテゴリー,すなわち〈企図〉〈手段〉〈成果〉に分けて考えることができる。スパイは最小限その一つを,できればその全部を秘匿しなければならない。〈非合法〉はスパイにおける選択肢の一つであり,合法・非合法にこだわらず,〈目的と状況に最も適切な手段を選ぶ〉のが原則である。通念としてスパイに〈悪〉の印象が付きまとう主たる理由は,この〈容赦なき非合法性〉と〈秘密性〉の相乗効果によるといってよい。
以上をふまえてあえて一言で定義すれば,〈対立・敵対状況において,秘密裡に,ときに非合法手段によって,相手にマイナス,味方にプラスをもたらそうとする行為をスパイ行為といい,それに従事する者をスパイと称する〉となろう。
現代のスパイ戦は以下の3部門に大別して考えることができる。(1)諜報工作 広い意味での情報活動の一部を形成するものであり,公然・合法の手段による情報活動を補完するための,秘密・非合法手段による情報活動。(2)謀略工作 秘密あるいは非合法の手段をもって破壊,暗殺,攪乱,偽計宣伝等々を実行し,相手に直接的な打撃を与えようとする活動。〈諜報〉が判断や決心の知的資料として味方の行動にいわば間接的に貢献するのに対して,その直接性はきわだって異質である。だが秘密と非合法の手段および組織によって遂行されるという一点において共通性をもつ部門である。(3)防諜 最近は対諜報活動ともいわれる。諜報,謀略がともに攻撃的な意味をもつのに対し,これを防衛する活動をいう。原則として,消極防諜と積極防諜とに分けられる。前者は市民が,それぞれの立場でスパイの企図に乗ぜられないように警戒の処置をとることであり,後者はスパイ組織または行為を積極的・直接的に防止し,力をもってその活動を封殺し,組織の壊滅を図ることである。通常,後者は官憲の任務に属し,そのためには非合法秘密活動を認めている国家も多い。以上の諜報,謀略,防諜を総括して〈秘密戦〉と呼ぶことがある。
近年,必要な情報のほとんど全部は,刊行物などの公開情報と偵察衛星や相手国の電波傍受などの科学技術を駆使することによって間にあうとし,スパイは不要であるとの議論が台頭しているが,スパイの機能は単に情報だけに限定されないし,往々にして〈公開情報の分析〉の欠落部分を埋める〈プラス・アルファ〉が決定的な意味をもつことがあるので,この論はスパイ工作の機能・効果を過小評価しているといえよう。
→企業秘密 →軍事秘密 →情報機関
執筆者:原田 統吉
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…処女作《用心が肝要》(1820)から《現代の世相》(1850)に終わる30年の作家活動を通じて50にのぼる小説,評論,歴史,時評などを書いた。作家として有名となったのは第2作の《スパイ》(1821)によってで,独立後まのないアメリカの作家たちの関心事であり,かつ課題であった〈芸術の素材〉を,独立革命時のワシントン将軍とそのスパイに見いだした。その後同様の素材および17世紀の植民者とインディアンというアメリカの〈歴史〉を扱った《ライオネル・リンカン》(1825),《ウィッシュ・トン・ウィッシュの悲話》(1829),《ウィアンドテ》(1843)などを書いて新しい国の文学への道を開いた。…
…たとえば電波の発信地,通信量などの分析により相手部隊の配置等が推定でき,暗号が解読できれば非常に確度の高い重要な情報を知ることができる。(7)スパイ。諜報(ちようほう)活動はきわめて古い歴史をもつ。…
※「スパイ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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