日本大百科全書(ニッポニカ) 「サモア問題」の意味・わかりやすい解説
サモア問題
さもあもんだい
19世紀後半、ポリネシア西部のサモア諸島の権益をめぐり、アメリカ、イギリス、ドイツ3国間に起こった紛争。サモア諸島は、南太平洋の交通の要路に位置したため、列強が進出を競ったが、アメリカ合衆国は早くもグラント大統領(在任1869~77)のとき東部のツツイラ島に軍艦を派遣、1878年には一首長と条約を結び、同島のパゴパゴ港に海軍基地を設ける権利を獲得した。一方、西部のウポル島に経済権益を築いていたドイツが、88年サモア王を廃位し併合を企てたため、アメリカとイギリスが艦隊を派遣し、一触即発の危機に瀕(ひん)した。だが結局、3国はベルリンで会議(1889)を開き、三国共同保護化を取り決めて妥協したが、アメリカ・スペイン戦争(1898)後、サモアの内紛に乗じてアメリカとドイツはサモアを東西に分割し、イギリスは他に代償を得て手を引いた。
[高橋 章]