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ジュビロ磐田 ジュビロイワタ

朝日新聞掲載「キーワード」の解説

ジュビロ磐田

前身は1972年創部のヤマハ発動機サッカー部。Jリーグ開幕から1年後の94年にリーグ参戦した。J1年間優勝3回、ステージ優勝6回、ナビスコ杯優勝2回、天皇杯優勝1回ほかタイトル多数。現監督の名波浩のほか、中山雅史、藤田俊哉、福西崇史、高原直泰、前田遼一ら日本代表選手が多く輩出している。

(2015-11-14 朝日新聞 朝刊 静岡全県・2地方)

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とっさの日本語便利帳の解説

ジュビロ磐田

ポルトガル語・スペイン語で「歓喜」(すべての人に感動と喜びを与える、の意)

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デジタル大辞泉プラスの解説

ジュビロ磐田

日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。1994年に加盟。静岡県を活動区域とする。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ジュビロ磐田
じゅびろいわた

日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)所属クラブ。欧文表記はJUBILO IWATA。法人名は「株式会社ヤマハフットボールクラブ」。静岡県磐田市をホームタウンとし、静岡県を活動区域とする。ホームスタジアムはヤマハスタジアム(収容人員1万6893)。チーム名のジュビロ(JUBIRO)はポルトガル語、スペイン語で「歓喜」の意味。マスコットは静岡県の県鳥サンコウチョウをモチーフとした「ジュビロくん」と「ジュビィちゃん」。クラブカラーはサックスブルー
 1972年(昭和47)にヤマハ発動機株式会社サッカー部として創部。1978年に日本サッカーリーグ二部に、1979年には一部昇格を果たす。1982年にふたたび二部でプレーすることになったが、翌1983年には一部に復帰した。1992年(平成4)に第1回JFLに参加。株式会社を設立し、チーム名をヤマハフットボールクラブに改称、翌1993年にJリーグ準会員となり、ヤマハFCジュビロ磐田(通称ジュビロ磐田)に改称した。1994年にはJリーグ正会員となってJリーグ昇格を果たし、現在に至る。
 獲得したおもなタイトルは、J1リーグ戦年間優勝3回(1997、1999、2002)、Jリーグヤマザキナビスコカップ優勝1回(1998)、天皇杯優勝1回(2003)である(2010年5月現在)。
 過去に在籍した選手には、ドゥンガDunga(1963― 、ブラジル)、ファネンブルグGerald Mervin Vanenburg(1964― 、オランダ)、スキラッチSalvatore Schillaci(1964― 、イタリア)、藤田俊哉(としや)(1971― )、奥大介(おくだいすけ)(1976―2014)、高原直泰(なおひろ)(1979― )、名波浩(ななみひろし)(1972― )、中山雅史(まさし)(1967― )らがいる。[中倉一志]
『寺野典子著『未完成 ジュビロ磐田の戦い』(2002・河出書房新社)』

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