フランスの批評家,美術史家。ラ・フレーシュ生れ。パリで法律を学んで一時郷里の検事代理となるが,ジャーナリストとして再びパリに戻る。熱烈な共和主義思想をロマン主義と結びあわせた美術批評を書き,とくに1844年から48年までのサロン(官展)評は,ゴーティエの〈芸術のための芸術〉を強く批判する〈人間のための芸術〉の主張に裏づけられたものであった。48年の二月革命に参加し,49年5月の蜂起に加わったかどで死刑を宣告され,国外に亡命する。ブリュッセルを亡命生活の中心地とし,オランダ,ドイツ,イギリス各地を訪れ,綿密な調査と正確な描写,優れた感受性にもとづいた美術館カタログの作成に功績があった。オランダ・フランドル派の再評価にとくに熱心で,その体系的研究の中からフェルメール再発見のきっかけとなった論文(《ガゼット・デ・ボザール》1866掲載)が生まれる。亡命時代から没年までの著作は,ビュルガーWilliam Bürgerの名の下に書かれた。60年特赦で帰国してからは美術批評に復帰したが,亡命以前の社会主義的傾向に取って代わって,美術史的視点が加わり,美術史研究の先駆者の一人といわれる。
執筆者:馬渕 明子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
《モスクワに遠征したナポレオンが、冬の寒さと雪が原因で敗れたところから》冬の厳しい寒さをいう語。また、寒くて厳しい冬のこと。「冬将軍の訪れ」《季 冬》...
1/16 デジタル大辞泉プラスを更新
1/16 デジタル大辞泉を更新
12/10 小学館の図鑑NEO[新版]魚を追加
10/17 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典を更新
8/22 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新