トン・ヤブグ・ハガン(英語表記)Ton Yabghu Qaghan

世界大百科事典 第2版の解説

トン・ヤブグ・ハガン【Ton Yabghu Qaghan】

?‐628
西突厥の最盛期のときのハガン(可汗)。在位618?‐628年。射匱(しやき)可汗の弟。即位後,ササン朝ペルシアと対峙し,ヒンドゥークシュ山系の国々を支配下に入れた。天山山脈ほぼ中央のユルドゥズ渓谷にあった本拠地を天山西部の千泉,次いでスイアーブ(砕葉)に移し,遊牧草原地帯に依拠しつつこの一帯のオアシス群を確保して各地に代官を任命した。繁栄の基礎の一つは,この東西・南北の交通・貿易の要地を掌握したことにある。

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世界大百科事典内のトン・ヤブグ・ハガンの言及

【突厥】より

…オアシス地帯と東西通商ルートを抑えた西面可汗の勢力にくらべると,モンゴリアの突厥は大可汗のほかに小可汗が分立し不安定であった。 583年には西面可汗が独立して西突厥といわれ,のち射匱(しやき)可汗,トン・ヤブグ・ハガン(統葉護可汗)のころ最盛期を迎えた。西突厥は単に〈十姓〉〈十箭〉〈オン・オクOn Oq〉とも呼ばれ,それがイリ(伊犂)・天山北麓方面と天山西方方面とに分かれていたという。…

※「トン・ヤブグ・ハガン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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