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バレエ・リュス・ド・モンテカルロ バレエ・リュス・ド・モンテカルロBallets Russe de Monte Carlo

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バレエ・リュス・ド・モンテカルロ
Ballets Russe de Monte Carlo

モナコ,モンテカルロのバレエ団。 S.ディアギレフの死後,彼の創立したバレエ・リュスの遺産を継承,保存するために 1932年 W.ド・バジルと R.ブルムによって設立された。振付師に G.バランシン,L.マシーン,ダンサーとして A.ダニロワ,T.トゥマノワらが参加し,バレエ・リュスのレパートリーをおもに上演。その後アメリカで大成功したが,マシーンとド・バジルの不和により,38年2派に分裂。ド・バジルはオリジナル・バレエ・リュスを組織したが,47年解散した。一方マシーンもバレエ・リュス・ド・モンテカルロをブルムとともに再組織し,おもにアメリカでの公演を 63年まで続け,結果的にはアメリカのバレエ界の発展を促した。その後 66年,マシーンはレーニエ3世の援助を受け,新モンテカルロ・バレエ団を興している。

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知恵蔵の解説

バレエ・リュス・ド・モンテカルロ

セルゲイ・ディアギレフのバレエ・リュスが1929年に解散した後、その遺産を継承すべく結成されたバレエ団。実際には2つの異なるバレエ団があった。まず32年に元コサックのド・バジル大佐と、モンテカルロ歌劇場の芸術監督のルネ・ブリュムが共同で「バレエ・リュス・ド・モンテカルロ(Les Ballets Russes de Monte Carlo)」を結成。36年にド・バジルがブリュムを追い出し、「ド・バジル大佐のバレエ・リュス」と改名。その後このバレエ団は「コベントガーデン・バレエ・リュス」「オリジナル・バレエ・リュス」と改名し、48年に解散。いっぽう、ブリュムは38年に「バレエ・リュス・ド・モンテカルロ(Le Ballet Russe de Monte Carlo)」を結成、42年からはロシア出身の興行師セルゲイ・デナムが監督となり、62年まで存続した。どちらのバレエ団も、ディアギレフのバレエ・リュスのように新しいバレエを開拓することはできなかったが、世界各地で公演してバレエを普及するとともに、ディアギレフのバレエ・リュスの作品を現代に継承するのに貢献した。アメリカで「バレエ・リュス」といえば、ふつうディアギレフの「バレエ・リュス」ではなく、この2つのうちのいずれかを指す。2007年に日本公開された映画『バレエ・リュス』は、この2つのバレエ団にいた人々の活躍とその後を描いたドキュメンタリーである。

(鈴木晶 舞踊評論家 / 2008年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について | 情報

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