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バロック建築 バロックけんちくBaroque architecture

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バロック建築
バロックけんちく
Baroque architecture

16世紀末,イタリアで反宗教改革運動の影響を受けて興り,17世紀のイタリアを中心にヨーロッパに展開した建築様式。非古典的,感覚的効果をねらい,複雑な曲線,壮大かつ動的,華麗で絵画的な特徴をもつ。 17世紀にはフランスでも発展をみせ,17世紀末までに北方諸国に普及,オーストリア,ドイツでも熱狂的な展開をみせた。 C.マデルノの設計によるローマのサンタ・スザンナ聖堂が先駆的作品とされ,17世紀の G.ベルニーニと F.ボロミーニのローマでの活躍によって最高の段階に達した。フランスではベルサイユ宮の建築と庭園がフランス・バロックの精華を示すが,フランスは古典主義的なものにつながる傾向が強く,イタリアの場合とはかなり様相を異にする。一方,イタリアで展開したバロックを受継いでさらに華麗で幻想的な方向へと発展させたのはドイツ,オーストリア文化圏とスペインで,代表的な作品としてはドナウ河畔のメルクの修道院やウィーンのフィッシャー・フォン・エルラハによるカルル聖堂,スペインの J.チュリゲラによるサラマンカのサン・エステバン聖堂祭壇があげられる。

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世界大百科事典内のバロック建築の言及

【ネオ・バロック様式】より

…フランスでナポレオン3世の第二帝政の出現(1852)とそのパリ改造計画(1853‐70)を契機として起こったバロック建築様式の復興をいう。ビスコンティLudovico Visconti(1791‐1853)とルフュエルHector M.Lefuel(1810‐81)は,ルーブル宮殿新館でイタリア・バロック風の彫塑的な壁面とマンサード屋根を組み合わせ,これは,いわゆる〈第二帝政式〉として流行した。…

【バロック美術】より

…アザム兄弟によるローアの《聖母被昇天の祭壇》(1722)などは,空間全体を動員したイリュージョニスティックな宗教劇である。【若桑 みどり】
【建築】
 一般にバロック建築と称するのは,1580年代以降,18世紀前半にかけてのヨーロッパ建築全般の傾向である。本来バロックという概念で捉えるべきは,この時代のはじめにイタリアに起こり,ついでアルプスの北方へと伝播された新しい空間の構成法であるが,今日では広く一般にこの時代に属する建築についてこの言葉を用いている。…

※「バロック建築」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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