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ビジャープル王国 ビジャープルおうこくBijāpur

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ビジャープル王国
ビジャープルおうこく
Bijāpur

インドのバフマニー朝衰退後,ベルゴーム州総督であったユースフ・アーディル・ハーン (在位 1489~1510) が,ビジャープルを首都として建設した王国 (1489~1686) 。アーディル・シャーヒー`Ādil Shāhī王国ともいう。他のムスリム王国と連合し,南のビジャヤナガル王国を破り,ビーダル王国の西半を併合,アフマドナガル王国の南半を奪取して,領域を拡張し,名実ともにデカンのムスリム諸王国の雄となったが,アウラングゼーブに破れ,ムガル帝国に併合された。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典内のビジャープル王国の言及

【アウラングゼーブ】より

…ムガル帝国第6代皇帝。在位1658‐1707年。第5代皇帝シャー・ジャハーンの晩年,その4皇子ダーラー・シコー,スルタン・シュジャー,アウラングゼーブ,モラード・バクシュの間で皇位継承戦争が起こり,アウラングゼーブはすぐれた軍事指揮と巧みな政治力で他の兄弟を圧倒して,1658年皇帝に即位した。この内戦では,ヒンドゥー,ムスリムを問わず多くの部将,高官を味方につけたことが,彼の勝因の一つであった。とくに,ペルシア出身でデカンのゴールコンダ王国に仕えていたミール・ジュムラMīr Jumlahは,初期において宰相として彼の支配を確立する上で大いに貢献した。…

【ビジャープル】より

…標高約600mのデカン高原上の黒色綿花土地帯にあり,綿花,モロコシの集散のほか,紡績,染料,セッケンなどの軽工業が立地する。1489年にユースフ・アーディル・ハーンにより樹立され,ムスリム五王国の一つとして栄えたビジャープル王国(アーディル・シャーヒー朝)の首都として栄えた。同王国は1686年にムガル皇帝アウラングゼーブによって滅ぼされたが,町はほぼ当時のまま残っている。…

【ムスリム五王国】より

…これらの王国はその支配領域の名を冠して呼ばれることもある。 このうちイマード・シャーヒー王国(ベラール王国)がニザーム・シャーヒー王国(アフマドナガル王国)に併合され,いちばん初めに滅び,バリード・シャーヒー王国(ビーダル王国)も,17世紀初めごろ,クトゥブ・シャーヒー王国(ゴールコンダ王国)とアーディル・シャーヒー王国(ビジャープル王国)とによって分割・併合された。残った3王国は,北から迫ってくるムガル帝国の圧力に抵抗していたが,1636年,シャー・ジャハーン時代のムガル帝国にアフマドナガル王国が併合された。…

※「ビジャープル王国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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