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ヘイロウスキー ヘイロウスキー Jaroslav Heyrovsky

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デジタル大辞泉の解説

ヘイロウスキー(Jaroslav Heyrovsky)

ヘイロフスキー

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大辞林 第三版の解説

ヘイロウスキー【Jaroslav Heyrovsky】

1890~1967) チェコスロバキアの物理化学者。ポーラログラフィーを創始。分析化学・電極反応論に貢献。ヘイロフスキー。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ヘイロウスキー
へいろうすきー
Jaroslav Heyrovsky
(1890―1967)

ポーラログラフィーを創始したチェコスロバキアの物理化学者。プラハ大学(当時カレル大学)で数学、物理学、化学を学んだのち、1910~1914年ロンドン大学に留学した。おもにアルミニウムの電気化学的性質について研究を続け、プラハ大学(1918)、ロンドン大学(1921)より学位を得て、プラハ大学の私講師、准教授を経て、1928年物理化学教授となった。1921年、滴下水銀電極を用いて溶液の電気化学的研究を始め、1924年日本人留学生の志方益三(しかたますぞう)とともに電圧電流曲線の自記装置を開発してポーラログラフィーと名づけた。彼はさらにその理論的および応用的研究を続け、この方法を物質の物理化学的諸性質の研究方法として、また微量物質の分析手段として重要なものに発展させた。1940年代初めにはオシログラフポーラログラフィーを確立した。第二次世界大戦後、1950年に設立された中央ポーラログラフィー研究所長となり、1959年ノーベル化学賞を受賞した。[内田正夫]

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