チェコスロバキアの物理化学者.プラハに生まれる.1910年ロンドンに渡り,1914年までロンドン大学ユニバーシティ・カレッジのW. Ramsay(ラムゼー),F.G. Donnanのもとで研究を続けた.とりわけDonnanの電気化学に関する研究に関心をもった.第一次世界大戦中は軍務のかたわら研究を継続し,1918年プラハのカレル大学よりPh.D.を,1921年にはロンドン大学よりD.Sc.の学位を取得.カレル大学分析化学研究所助手,助教授を経て,1926年初代物理化学教授となった.1922年電気分解の電極として滴下水銀電極を使用したが,これはのちにポーラログラフィーとよばれる溶液の電流-電圧曲線に関する新分野の開拓に結びついた.その後,日本からの留学生の志方益三とともに,電流-電圧特性を自動的に記録する装置ポーラログラフを製作した.1950年新設のポーロラグラフ研究所所長となり,ポーラログラフィーの発明に対して,1959年ノーベル化学賞を受賞した.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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