ホセ・アントニオ アギーレ(読み)ホセアントニオ アギーレ(英語表記)Jose Antonio Aguirre

最新 世界スポーツ人名事典の解説

ホセ・アントニオ アギーレ(ホセアントニオ アギーレ)
Jose Antonio Aguirre
ボクシング

プロボクサー 元・WBC世界ミニマム級チャンピオン
生年月日:1975年7月5日
国籍:メキシコ
出生地:メキシコシティ
出身地:タバスコ州
経歴:アマチュア時代の戦績は15勝(6KO)3敗。1995年2月プロデビューを4回判定勝ちで飾る。’98年2月北米ミニマム級王座を獲得後、5度の防衛に成功。2000年2月ワンディー・チャレオン(タイ)に判定勝ちし、WBC世界ミニマム級王座を獲得。2004年1月8度目の防衛戦でイーグル赤倉に判定負けを喫し、王座を失う。2005年3月エリック・オルティス(メキシコ)とWBC世界ライトフライ級王座決定戦を行うが、7回TKO負け。8月WBA世界ライトフライ級王者のロベルト・バスケス(パナマ)に挑むが4回TKO負け。2006年2月にはWBC世界ライトフライ級王者のブライアン・ビロリア(米国)に挑むが判定負け。2007年5月IBF世界ライトフライ級王者ウリセス・ソリス(メキシコ)、2011年2月WBC世界ライトフライ級王者のヒルベルト・ケブ・バース(メキシコ)に挑戦したが敗れ、試合後に引退を表明した。たびたび2階級制覇に挑んだが果たせなかった。通算戦績は35勝(21KO)10敗1分け。多彩で正確なパンチを持ち、その風貌から“ジャガー”の異名を取った。160センチ、リーチ162センチの右ボクサーファイター。

出典 日外アソシエーツ「最新 世界スポーツ人名事典」最新 世界スポーツ人名事典について 情報

現代外国人名録2016の解説

ホセ・アントニオ アギーレ
Jose Antonio Aguirre

職業・肩書
元プロボクサー 元WBC世界ミニマム級チャンピオン

国籍
メキシコ

生年月日
1975年7月5日

出生地
メキシコシティ

経歴
アマチュア時代の戦績は15勝(6KO)3敗。1995年2月プロデビューを4回判定勝ちで飾る。’98年2月北米ミニマム級王座を獲得後、5度の防衛に成功。2000年2月ワンディー・チャレオン(タイ)に判定勝ちし、WBC世界ミニマム級王座を獲得。2001年11月WBCミニマム級1位ウルフ時光の挑戦を退け3回TKOで破り、4度目の防衛に成功。2003年6月星野敬太郎をTKOで下し、7度目の防衛に成功。2004年1月イーグル赤倉に判定負けを喫し、王座を失う。2005年3月エリック・オルティス(メキシコ)とWBC世界ライトフライ級王座決定戦を行うが、7回TKO負けを喫する。8月WBA世界ライトフライ級王者のロベルト・バスケス(パナマ)に挑むが4回TKO負け。2006年2月にはWBC世界ライトフライ級王者のブライアン・ビロリア(米国)に挑むが判定負け。2007年5月IBF世界ライトフライ級王者ウリセス・ソリス(メキシコ)、2011年2月WBC世界ライトフライ級王者のヒルベルト・ケブ・バース(メキシコ)に挑戦したが敗れ、試合後に引退を表明した。たびたび2階級制覇に挑んだが果たせなかった。通算戦績は35勝(21KO)10敗1分け。多彩で正確なパンチを持ち、その風貌から“ジャガー”の異名を取った。160センチ、リーチ162センチの右ボクサーファイター。

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報

今日のキーワード

日米安全保障条約

1951年9月8日に対日講和条約と同時に署名された「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」Security Treaty between Japan and the United States ...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android