ヶ堂村(読み)つじがどうむら

日本歴史地名大系 「ヶ堂村」の解説

ヶ堂村
つじがどうむら

[現在地名]富山市水橋辻みずはしつじどう・辻ヶ堂

常願寺川左岸(現在は右岸)沿いに位置し、東は畠等はたけら村。枝村として堂・舘があった(越中志徴)。村の西を南北に北陸街道(巡見使道)が通る。辻堂とも記される。高来こうらい明神(現高麗神社)があり、「越中志徴」が引く文政社号帳に「高来権現、辻ケ堂村鎮座」とある。高来は高麗の意で、渡来人とかかわりのある神社ともいわれる。村内に柿崎和泉の墓があったとされ、上杉謙信家老の柿崎和泉を手討にした地を墓所にしたという(越中志徴)。天正八年(一五八〇)とみられる三月二八日の下間頼廉書状(照蓮寺所蔵文書)は「越中つちがたうくわんつう」に宛てられているが、これは当地のことであろうか。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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