一歩二歩村(読み)いちぶにぶむら

日本歴史地名大系 「一歩二歩村」の解説

一歩二歩村
いちぶにぶむら

[現在地名]福岡町一歩二歩

小矢岡新こやおかしん村の東、荒俣あらまた川と山王さんのう川の合流点北の平地に立地。江戸時代初頭までは一歩村と二歩村の二村で、元和五年(一六一九)の家高新帳に一歩村・二歩村がみえ、役家数はそれぞれ七・三、赤丸組に属した。その後両村が合併正保郷帳には一歩二歩村とみえ高六六二石余、田方四三町五反余・畑方六反。寛文三年(一六六三)の川西家高付帳(川合家文書)では役家数一二、ほかに一歩新村がみえ役家数二。一歩新村はその後本村に合併したと思われる。同一〇年の村御印では草高八九九石、免四ツ、小物成は鮭役八七匁・鮎川役二匁・鱒役一匁・猟船櫂役二五匁(うち五匁は出来)であった(三箇国高物成帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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