一里渡し(読み)いちりわたし

日本歴史地名大系 「一里渡し」の解説

一里渡し
いちりわたし

[現在地名]二ッ井町荷上場

荷上場にあげば村と秋田郡小繋こつなぎ(現二ッ井町)を結ぶ米代川の渡し。羽州街道は荷上場村で藤琴ふじこと川とかご山の南端畜生ちくしよう坂(のち郭公かつこう坂・きみまち坂と称す)にさえぎられ、舟で次の駅場小繋村へ渡った。その間が約一里であったため、一里渡しといわれた。天和元年(一六八一)の御領内道程(羽陰史略)に「荷上場札場より畜生坂通小繋札場まて三十五丁三十一間、荷上場より小繋札場まて川辺通十七丁二十三間、内十二丁四十三間川道」とある。前者藤琴川浅瀬を横断し、畜生坂を登る場合であり、後者は米代川によって畜生坂の下を行く場合で舟に乗る区間が一二町余であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む