七久保(読み)ななくぼ

日本歴史地名大系 「七久保」の解説

七久保
ななくぼ

[現在地名]飯島町大字七久保

片桐七ヵ村の一つで、北は石曾根いしぞね村、東は本郷ほんごう(ともに現飯島町)小平こだいら村・前沢まえざわ(ともに現中川村)、南は上片桐かみかたぎり(現下伊那郡松川町)に接し、西は念丈ねんじよう岳に及んでいる。現在は飯島町に属する。村の東を南北に通ずる伊那往還に沿って街村が開け、西は駒ヶ岳尾根続きの山々で、隣村との入会山になっている。

村名の初見は、応安六年(一三七三)成立とされている至鈍置文(西岸寺文書)で、文書目録に「一通 七窪山野免状諏方兵部」とある。また寛永一二年(一六三五)六月一三日の片切村年貢割付状(松村喜恵氏蔵)によれば「一弐百四拾四俵三斗五升弐合 七窪 内九俵引 残弐百三拾五俵三斗五升弐合」とあり、次いで横厩よこまや小平こだいら小和田こわだ前沢まえざわたけうえ理兵衛りへえ分(中村なかむら田島たじまの内)合わせて「〆八百弐拾俵六升四合」となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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