改訂新版 世界大百科事典 「三十六字母」の意味・わかりやすい解説
三十六字母 (さんじゅうろくじぼ)
sān shí liù zì mǔ
中国語において,36個の字母,すなわち36種類の声母の代表字をいう。唇音の〈幇〉〈滂〉〈並〉〈明〉(重唇音);〈非〉〈敷〉〈奉〉〈微〉(軽唇音),舌音の〈端〉〈透〉〈定〉〈泥〉(舌頭音);〈知〉〈徹〉〈澄〉〈娘〉(舌上音),牙音の〈見〉〈渓〉〈羣〉〈疑〉,歯音の〈精〉〈清〉〈従〉〈心〉〈邪〉(歯頭音);〈照〉〈穿〉〈牀〉〈審〉〈禅〉(正歯音),喉音の〈影〉〈暁〉〈匣〉〈喩〉,半舌音の〈来〉,半歯音の〈日〉の36である。宋の鄭樵《通志》芸文略2に〈三十六字母図一巻 僧守温〉,同じく宋の王応麟《玉海》芸文・小学に〈三十六字母図一巻 僧守温〉とあって,守温三十六字母などといわれる。しかし,敦煌出土のペリオNo.2012《守温韻学残巻》やスタインNo.512《帰三十母例》では,〈非〉〈敷〉〈奉〉〈微〉の軽唇音4母に相当する字母,それに〈娘〉〈牀〉母の計6字母を含まず,30字母となっている。したがって,唐末に30字母であったものが,宋代になって36字母に整頓されたとされている。しかしながら,36字母は確かに整斉した姿を示しているが,30字母が単なる粗雑さによるのではなく,それ相応の根拠があるという方向で検討がなされている。
30字母についての伝承は,明の釈真空《篇韻貫珠集》総述来原譜や明の呂維祺《音韻日月灯(一名,同文鐸)》にみえるが,それによると,大唐の舎利が30字母をつくり,後に温首座が6字母を増加したと伝える。三十六字母は,韻図を中心に等韻学でさかんに用いられたが,その一方で漠然とこれが中古音の声母の体系を示すものだと考えられたようである。しかしながら,19世紀中ごろ,陳澧(ちんれい)による〈反切系聯法〉の案出によって,中古音(《広韻》)の声母の研究は著しく進歩した。陳澧は,中古音に40類の声母すなわち40声類を帰納したが,のち曾運乾の《切韻五声五十一紐考》(《東北大学季刊》第1期)が51声類の説を提出,陸志韋が《証広韻五十一声類》(《燕京学報》第25期)で詳細にこれを検証し,現在では中古音に51類の声母(音声的に)を認めるのが通説となっている。三十六字母と比較してその違いを示せば,牙音の〈見〉〈渓〉〈疑〉が各2類,歯頭音の〈精〉〈清〉〈従〉〈心〉が各2類,正歯音の〈照〉〈穿〉〈牀〉〈審〉が各2類,喉音の〈影〉〈暁〉〈喩〉が各2類,半舌音の〈来〉が2類に分かれて,計15類増加,51類となるのである。
執筆者:慶谷 寿信
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報