三川権現社(読み)みかわごんげんしや

日本歴史地名大系 「三川権現社」の解説

三川権現社
みかわごんげんしや

[現在地名]香住町三川

三川集落の南方、三川山の北麓、佐津さづ川の源流部左岸に位置する。正式には三川蔵王権現みかわざおうごんげん社というが、一般に三川権現と通称される。大和吉野山(大峯山)・伯耆三徳みとく山と併せて三大権現の一ともいわれる。由緒記(見塚文書)によると天武天皇の時代に役行者蔵王権現社を勧請したのが草創といい、宝亀元年(七七〇)には別当寺の弥勒寺(現高野山真言宗)が建立され、護摩加持祈祷を行ったという。古くから山岳信仰の対象であった三川山が、のちに修験行場となり、彼ら修験者によって蔵王権現が勧請されたものであろう。前掲由緒記は蔵王権現の垂迹神を八千矛神とし、また蔵王権現像三体(伝役行者作)のうち一体が本尊とされる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む